小説

『亀裂』伊佐助(『浦島太郎』)

 その後、幹男は巾着袋の中の黒箱を取り出した。「開けてはいけない…かぁ。気になるなぁ。少し開けて中が分かったら元に戻そう。もしかしたらさらにミキオドラゴンが凄い事になるかも」紐を解いて黒箱の蓋をゆっくり開けると中からドライアイスのようにモクモクと煙のような物が出てきた。箱の中は空っぽだった。「なんだよ、何もないのか」と言った次の瞬間、まるでゴミを吸い込む掃除機のように彼のふんどしの中に煙がスーッと入り込んだ。慌ててふんどしを脱ぐが、その途中で股間からボテっと何かが落ちた。それは大きくて黒いナマコ。「なんでこれがふんどしの中に入ってたんだ?」幹男が股間に手をやると電気が走ったように砂浜に仰向けで倒れた。
「イチモツが…ない」
 しばらく彼は同じ姿勢のまま動けなかった。幹男は筋太郎と龍女の言葉を思い出した。「最後まで己の欲を出すな…か」

 彼は筋太郎と同じ道を選んでしまった。
 実は筋太郎も昔、龍女から同じ箱をもらっていたのだ。海辺で出逢った若い女性とやがて結婚し、子供も授かった筋太郎。海底都市から戻って30年後、筋太郎が部屋に1人でいるとホコリがかぶって無造作に転がる黒箱を見つける。少しずつ元気がなくなったイチモツが復活出来るのではないかと欲を出し、箱を開けて1番大事なそれを無くし、不死の体となってしまった。悲しみながら妻に告白すると彼女は「それがすべてではございませんよ」と微笑んだのだった。

 海辺で変わらず仰向けの幹男。起き上がる気力などない。しばらくしてノソノソと海ガメが幹男に近づく。亀の存在に気づくとそれと目が合った。ジッと見つめていると亀の顔が突然龍女の顔に変身し、真顔でこう言った。「愚か者」幹男は大声で叫んだ。うぁぁぁぁ!

 はっ!幹男は目を開けた。
 目の前には水槽から幹男を見つめる緑亀。
 周りを見渡すとそこは自分の部屋。背広の上着がハンガーに掛かっていて、幹男はワイシャツとズボンのまま畳の上で右向きに横たわっていた。どうやら同期飲みから帰った夜らしい。
 幹男は思い出したかのように慌てて股間を触ると、お粗末な大きさではあるがそれが存在している事にホッとした。「夢か…」再び緑亀を見ると、亀は慌てて首を引っ込めた。「ははは!」その様子を見て笑う幹男。
「君もちっさいのに頑張ってるんだね!」
 幹男はありのままの自分で頑張りたいと思えるようになっていた。ドラゴンなど彼にはもう必要なかった。勝を妬む「亀裂」もすっかり修復されていた。

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