小説

『亀裂』伊佐助(『浦島太郎』)

 幹男は股間に今まで感じた事のない重みと立体感を知った。恐る恐るに上からゆっくりとふんどしの中を覗く。中の様子を見た幹男は笑顔が溢れ、涙目になった。
「ポッキーじゃない。ドラゴンだ…ついにミキオドラゴンになれたんだぁ!」あまりの感動に声を大にする幹男。
 その姿を龍女もその使いも、羽衣の美女たちも微笑んで彼に向かって拍手した。おめでとー!祝福の嵐を浴びる彼は号泣しながらガッツポーズを決めた。龍女は大喜びの幹男の顔を見上げた。「幹男さん、あなたの願いは叶いました。あなたはあなたの居るべき場所に戻りましょう」「ありがとうございます、龍女様!」

 こうしてめでたく願い叶った幹男は気絶から目覚めたあの六角形の部屋に戻った。
「お別れですね」龍女の使いはそう言いながら、なにやら両手に2つの物を持っている。
 使いは右手に持った色鮮やかな飴玉のような物を見せながら言った。
「これを筋太郎さんにお渡し下さい。これは筋太郎さんの長年の苦しみを取り除く飴玉。“死玉(しだま)”と言いまして、舐めてから24時間後に気持ち良く死ねます」
 幹男は困惑した表情を見せる。
「受け取れません。だって…死ぬんですよね。何があったか分かりませんが…それは困ります」
「あなたがこれを彼に渡すのは定め。彼がそれをずっと待ち望んでいたのですよ」
「でも…こういうのはどうですか?彼を連れてくるので直接渡して下さい、あるいは一緒に来て頂けませんか?」幹男は使いに提案を投げかけた。
「それは出来ません。童貞を失ってしまうと2度とここに来る事は出来ないからです。つまり彼は戻って来れません。そして私たちが地上に行く事も許されていないのです」
「…そうなんですか。僕の定め…。本当に彼自身がそれを望んでいるのですね…分かりました」
 次に使いは左手に乗った赤い紐で十字にしっかりと縛られている黒くて小さな重箱のような物を幹男に見せた。
「これはあなたへ差し上げる物ですが、絶対に開けてはなりません。ここに来た思い出としてあなたの部屋にずっと飾って下さい」けして開けるなという言葉に弱いのが人間。幹男はゴクンっと大きくツバを飲んだ。
 龍女の使いは革製のような小麦色の巾着袋に飴と黒箱を入れ、それを無くさないようにと幹男の左足に括り付けた。
 今度は龍女が幹男にこう言う。「では、あなたがいた海辺まで私の力で誘導します。さぁ、ふんどしを脱いでそれを利き手でしっかり持って下さい」
 ドラゴンを手にした幹男は堂々とそれを脱ぐと右手でしっかりと握った。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10