小説

『亀裂』伊佐助(『浦島太郎』)

「待って下さい。筋太郎さんが私の先祖というのなら生きているはずがない」
「彼はある過ちから1番大事な物を失い、逆に死ぬことが出来ない体を得てしまったのです」
「大事な物?」
「…それはお答え出来ません」
 一体どういう事だ?彼は何を過ったというのだ?幹男の頭の中で様々な疑問が浮かぶ。
 ずっと真顔だった龍女は微笑みに変わってこう言った。
「さぁ、あなたの願いを叶えに行きましょう。ここの1日は人間の世界で10日経過します。モタモタすればするほど時間を無駄にしてしまいますよ」
 龍女の使いは朱色の扉を開け、3人が外に出ると外の光景もまた異様であった。モスクワのクレムリン宮殿のように色鮮やかで特徴的な形の建物がいくつも並び、その都市全体を半球型のガラスが覆っている。ガラスの外にはメガマウスやリュウグウノツカイなど、普段目にしない沢山の深海魚が泳いでいる。
 しばらく歩くと1箇所だけ周りと雰囲気の違う場所を目にした。赤くて大きな鳥居、奥には本殿、そしてその建物へと繋がる石造りの参道。まさに神社だ。3人はその参道をせっせと歩いて本殿の前に立つ。建物の正面には木製で両開きの扉があるが、そこには2体の龍が向き合う姿が彫られていた。
 使いは言った。「ここがあなたの願いが叶う場所です」幹男は鳥肌が立つほど緊張し始めた。龍女は1歩前に出て、振り返ってこちら側を見ながら大きな声でこう言った。「それでは皆様、いきますよ!」するとクレムリン調の建物のあらゆる窓や扉から羽衣を着た美しい美女たちがぞろぞろと顔を出した。50人、100人、いや、それよりもっとかもしれない。多くの視線に幹男はさらに緊張する。龍女はもう1度、扉の方に体を向けると両手を大きく上げてこう言った。
「さぁ、偉大なる龍よ、幹男のイチモツを立派なモノにしたまえー!」
 幹男は恥ずかしい気持ちになった。
 龍女の使いと羽衣姿の美女たちも両手を大きく上げ、一斉にこう言った。「幹男のイチモツを立派なモノにしたまえ!」すると扉に彫られた龍たちの目が左龍は赤く、右龍は青く、3回点滅した。ついにこの扉が開かれ、龍に会えるというのか!

 龍女は上げた手をゆっくり下げ、それ以外の者たちも同じように手を下げた。場がしばらく静まる。しばらくして龍女は振り返って幹男に近づくとこう言ったのである。「終わりです」
…え?どういう事?龍は僕の願いを聞き届けてくれないって事!?幹男の心を読んだ彼女はさらにこう言う。
「違いますよ。ほら、ご覧なさい」そう言って幹男の履いているふんどしを指差した。モコ、モコモコモコモコー!ふんどしが膨らんでいく!

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