小説

『亀裂』伊佐助(『浦島太郎』)

 次の日の朝、幹男は起きて部屋のカーテンを開けると雲1つない青空が広がっていた。今日は休みだ。風呂に入ると、シャワーという雨にさらされながら縮こまる自分のイチモツを上から眺めながら、ハーっ、と大きくため息をつく。午前11時過ぎ、幹男はアパートを出て自転車を走らせ海へ向かった。

 サーッ、スーッ、サーッ、スーッ。お気に入りの海辺で三角座りの形になって海を眺めるが、いつもと違って笑顔が自然に出てこない。海に何かを求めるようにずっと遠くを見つめ続ける。しばらくすると背後に人の気配を感じた。
「この景色、良いだろ。ワシも昔からこの海が好きだ」
 振り返ると80歳くらいの老人男性がキリっと立って海を見ている。彼は薄汚れた六尺ふんどし姿で肌はこんがりと焼けている。頭はツルっとはげており、長く伸びた白い顎ひげは黒い肌のせいで一際目立っている。
 老人は幹男の横で胡座を掻き始めた。海を見つめる2人にしばらくの沈黙が続く。それに気まづさを感じた幹男は老人の顔を見て「あの…」と会話を切り出したが、その言葉を遮るようにこう言った。「悩んどるな。どうだ、じいさんの話に耳を傾けてくれんか?つまらん話かも知れんが、何かの役に立つかもしれんぞ」
 え?突然現れて、突然話し始めるの?…でも今の落ちこんだ自分には気分転換にちょうど良いか。幹男は一言「あ、はい」と答えた。
「この海には昔から伝説がある。海の奥底に龍女の住む小さな都市が存在するという伝説だ。自らの力でそこに辿り着く事が出来れば、その者の持つ願いが叶うそうだ。銭ほしさに多くの欲深い強者たちがそれを信じて海に潜り込んだがそこに行き着く前に息絶えたか、あるいは魚の餌食となって戻ってこなかった者もいた」幹男は呆れた。今のこの時代にそんな胡散臭いおとぎ話、子供でも信じやしない。しかし、老人の話はこう続いた。
「ある日、しばらく行方が分からなかった村の少年がふんどし姿で海から突然現れた。それを見つけた通りすがりの若い女性は彼に話しかけると伝説の都市をこの目で見たと語ったのだ。彼が言うには早く大人になりたいという願いを果たしたいがゆえに海に入ったのだと。若い女性は少年の容姿が大人になっていない事から、それが作り話だと冗談半分に聞いていたが次の質問に対する彼の言葉で彼女の表情に笑顔が消えたのだ。あなたが大人になれなかったということは願いを叶える龍女は存在しなかったと言う事よね?そう尋ねると少年はさらりと否定してこう言ったのだ。いいえ、美しいお姉さん、僕のイチモツを見てごらん、と。彼女が少年の下半身に目をやると大きな亀が空を見つめるかのようにふんどしが反り返っていたのだ」半信半疑で聞いていた幹男だったが、突然、彼の中でこの話に対する注目度が一気に膨れ上がった。
 老人曰く、少年が早く大人になりたかったのは、純粋に大人の女性を早く愛したかったからだそうで龍女がそれを快く聞き入れたのだと。純粋さがなく、欲で汚れた大人はいつになってもそこに辿りつけないとも語った。そして、若い女性は不思議とその大人のような少年に一目惚れし、2人はその場で恋仲になったそうだ。幹男は嘘のようなその話に強い魅力を感じた。
「おじいさん、僕もそこに行きたいです!その場所、今も存在するんですよね?」

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