小説

『A Boy Behind the Shutter』植木天洋(『オリバー・ツイスト』)

 一件、二件と数えながら歩いて、彼の家を見つけた。どうやら店舗とつながっている構造らしい。住所の最後は「地下一階」となっていた。
 地上階にはシャッターに緑茶を売っていたらしい店名とキャッチコピーがペンキで書いてあり、それはかすれて読みにくかった。
 そのシャッターの右端に地下へ続く暗い井戸のような階段があった。看板も何もない。しかしここが彼のすむ店舗兼住居なのだろう。意を決してゆっくりと階段を下りていく。電灯があるわけでもなく、掃除もされていないのでほこりっぽい。それに壁はじっとりとしめっぽくて、黒い黴らしい斑の模様があちこちにあった。
 かつては自動ドアだったらしい厚いガラスドアがあって、私はそのドアを軽く叩いてみた。ポスターらしきものが無造作に張られていて奥は見えない。
 心臓がドキドキする。まさか家にまで押しかけるなんて、想像もしていなかった。何が起きるか予想もつかない。緊張するなという方が無理だ。
 二度、三度。少しずつ強く叩く。四度目をあきらめようかどうか迷っている時、ドアがぬうっと開いた。
 顔を出したのは乱れて煤けた金髪の中年女性だった。顔立ちは派手だが、まだほどほどに若いはずの肌には酒やたばこを過ぎたツケが確実に現れていた。
「誰?」
 かすれた声で女性が言った。私は繰り返し練習した通りに名乗って、フリーマーケットでまつながくんに出会ったこと、彼のその後の調子が気になって寄ったことなどを簡潔に伝えた。
「ふぅんあいつに。変な人ね」
 女性はそういいながらも身を引いて、私が中に入れるようにしてくれた。その口調から彼女がまつながくんの母親だということは間違いないように思えた。
「すみません、お邪魔します」
 軽く頭を下げて、中に入る。とたん、強い埃と文房具店特有のインクや紙の匂いがした。五歩ほど進んで狭い通路を通るとくぼみのような空間があり、そこは主にケント紙や画学紙などを集めたコーナーらしく、幅の広い引き出しが三面にずらりと並んでいた。
 そこに椅子をおいて、小さな老女が一人座っていた。気配がひどく弱く漠然として、自分を認知さえできない状態であるかのように思えた。彼女に挨拶をしたけれど返事はなく、杖に両手をおいて座っているその姿はぴくりとも動かない。まるで置物のようだ。
 母親は腕を組んで眠そうな半眼で顎をしゃくって、その方向を見るとぽつんとまつながくんが立っていた。その奥の方は少し広い部屋が続いていて、様々なノートが重ねてあり、バインダーの背表紙が並び、ペンや鉛筆がずらりと配置されている。文房具店の中心部になっているようだった。

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