小説

『A Boy Behind the Shutter』植木天洋(『オリバー・ツイスト』)

「今度三者面談があるんだけど、私は出られないからあなた出てくれる? 親戚だとか適当なこと言えばいいでしょ」
 あきれるとはこのことだ。しかし自分の子供に興味がない母親より、嘘をついてでも私が同席した方がマシかもしれない。他人の私がそこまで踏み込んでもいいものか迷いながらも、結局出席を引き受けた。
 三者面談の日、フランス製の黒のスラックスとブルーストライプのブラウス、同じくフランス製のヒールをはいて、学校に向かった。子供を持った経験なんてないので、これでいいのか検討もつかなかったけれど、全体的にオフィス・カジュアルを意識して、それほど力を入れない清潔感のあるコーディネートを心がけた。
 学校では来校者用のスリッパに履き替え、面談が行われる教室へ向かった。前日に受け取った案内地図の画像と、デザインとは無縁な情報だけを強烈に押し出してくる看板のおかげで教室はすぐにわかった。
 何度目かの角を曲がると、面談を控えた生徒や親たちが廊下に並んだ椅子に座っていた。誰もが少し緊張した面もちでいる。
 自分もこんな時があったな、と思いながらまつながくんを探すと、彼は待合所の真ん中の床に座っていた。うつむいて猫背でいる。垂れた腕は前見た時と比べて痩せたようで、不吉な予感がした。
「まつな……」
 近づいて彼の腕をよく見ると、右肘の外側に赤紫の鈍く鮮やかな色が広がっていた。
 それは、明らかに瞬間的に強い力がくわえられた後の症状だった。それは残酷なくらい鮮やかで、惨たらしく、力も意志もなく肩を落とした彼からは生気を感じなかった。
 私は腕に触れていいのかどうかわからず、ただその悲惨な色合いの衝撃に打ちのめされた。私が来たことに気がついても、彼はまるで置物のように表情一つ変えない。
 腕を覆う痣はあまりにも生々しく、私の心臓を鷲掴みにした。少しずつ、針を一本ずつ積み上げていったような努力が、一撃の暴力で粉々に消えてしまった気がした。
 今までやってきたことはなんだったのだろう。すべて無駄だったのだろうか? 少しずつ変わっていくまつながくんを見て、嬉しかったのはただの独りよがりだったのだろうか? 私が人を助けられるなんて思い上がりだったのだろうか?
 ひどくショックを受けて、膝から力が抜けそうなのをこらえた。混乱と一緒に、胸が痛んだ。彼は顔を上げないし、何も言わなかった。あっという間にふりだしに戻ってしまった、笑うことのない彼。
 でも実のところ、私は落胆した自分自身を嫌悪してもいた。悲しいのは自分の努力が報われなかったからだろうか? 結果に満足できなかったから、今、こんなにショックを受けているのだろうか? 本当にまつながくんのために何かできていたのだろうか? それがわからなくなって、混乱した。これでは、これまで彼を救おうと思って行動していたことが、ただの自己満足だったみたいだ。

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