小説

『A Boy Behind the Shutter』植木天洋(『オリバー・ツイスト』)

 彼の背後には習字セットがそろった棚があって、新品の墨やすずり、文鎮などが整然と並んでいた。埃はかぶっているけれど、まだ商品として売れるものだ。
 薄暗い中で彼はじっと立ったまま私を見ていた。私は何を言えばいいか考えずに来てしまったことを後悔しながらも、とにかく浮かんだ考えを提案した。
「……来月もフリマあるよね。手伝うから、一緒にやらない?」
 母親の反応が気になったが、彼女は何も言わず腕を組んだまま、私の方へ目線を向けていた。歓迎されているわけではないけれど、拒絶もない。
 彼は何も言わずに、しばらくしてコクリとうなずいた。
「あのぅ、いいですか、お母さん……」
「好きにすれば」
 彼女は全く関心を示さず、目線は左の方へ流れていて何を見ているのかわからない。私と目を会わせたくないだけなのかもしれない。薄暗い店内で、彼女の不健康な肌の青白さと、きわどいタンクトップの赤さがひどく目立った。
 しかしこれで保護者の許可はとれたのだから、これからは堂々とまつながくんに関わることができる。
 私は改めて挨拶をして彼と二三言交わして、文房具店を出た。ドアは最初と同じようにぬうっと閉まって、私はそれを見届けてからゆっくりと階段を上がっていった。
 明るさと風に目を細めていると、どっと気疲れが出た。沸き起こるような安堵を感じて、自分が予想以上に緊張していたこと、あの地下のスペースに不快感を持っていたことを思い知らされた。
 荒れてはいないものの、薄暗い店内は思い出しただけでも気が滅入る。その奥かどこかに生活空間があるのだろうけれど、店があんな様子ではリビングやベッドルームも似たようなものだろう。
 それでも収穫はあった。フリマの打ち合わせをするから、という名目で電話番号を手に入れたのだ。さっそくそれをスマホに登録した。彼は携帯電話を持っておらず、母親のスマホにつながるが、とにかく話はできる。呼び出せば公園やカフェに行くこともできるだろう。
 シャッター街を吹き抜ける乾燥した空気に咳込みながらも、確かな達成感とともにそこを後にした。

 二度目のフリマには出品者としてブースに入り、まつながくんが持ってきた商品を一緒に並べた。私はわざとあまり手を出さず、彼に「これはどうしたらいいと思う?」「こうしたらいいと思うんだけれど、どう思う?」など、彼の自発的な意見を引き出し、自分で動けるように話しかけた。
 最初はかたまっていた彼も、やがてうなずいたり首を振ったりと意思表示をはじめ、色や形が様々の天然石を布の上に並べる時など、色合いや配置などを考え考えゆっくりと並べていた。それははっきりとした彼の考えと意志で、初めて彼が見せた人間らしい行動のように思えた。

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