小説

『吾が輩は神ではない』洗い熊Q(『吾輩は猫である』)

 不意に夕闇の中の散歩を楽しんで家に帰ってみれば、居間の変わり果てた様相に驚いた。
 何だこれは!? 天井を見上げる程にそそり立つ物が。
 幸恵が巨大なキャットタワーを買ってきよった。
 いや、猫なら誰でも喜ぶかと言えばそうでもない。幾分歳がいった吾が輩は足腰が弱っているのだから、酷使してまで遊ぶ気など毛頭ない。
 端金が入ったからと、お礼と驚きを込めた贈り物など幸恵が思い付くとは考えが至らなかった。
 まあ、避難場所としては使いようがあるタワーだが、クジの当たりからここまでの未来は、吾が輩の予知では見えなかったのだ。

 また、こんな事もあった。
 旦那は仕事上でよく悩んでいる。
 人間関係の悩みなら旦那はあまり表層に出さない(普通は逆なのだろうが)。その代わりなのか、仕事上の決断に関してはあからさまに苛立ちや、落ち込みの空気を出してくる。
 今、目の前に見ておる旦那もそうだ。
 パソコンの画面を睨みつけながら、頭を掻き毟るように抱えている。
 気が付かれないよう背後から画面を確かめてみれば、どうやらとある会社のロゴデザインを、二つあるキャラクターのどちらにしようかと悩んでいる模様。
 一つは猿。もう一つは犬をモチーフに。
 どうして猫がない、どうして猫ではないと思いながら、その様子を伺っていた。
 だが、その旦那の様子は久し振りに見る位の悩みようだった。そのまま悩み狂い死ぬかと心配になる有様だ。
 こうなると幸恵の気遣いも、最後の手立ての吾が輩の甘い声も届かなくなる。大抵は旦那自身が復活の兆しを見せるが、今回はそうではなさそうだ。
 ちらりと二つのロゴを見て、吾が輩は何故に旦那がここまで悩むのかが理解できた。
 どちらのロゴを提供しようとも、取引先の会社には利がない。寧ろ害になる。そう予知できた。
 それ以外の選択肢がない理由は見なかったが、それを思い付く余裕が旦那には無いのか。ふと、その会社にとってより良い者は何かと見てしまった。
 鶏だよ、鶏。来年の干支と相まって縁起も良かろうに。
 見えてしまっては伝えたくなる、それよりもこんな旦那の姿を見続けるのは吾が輩たちにとっても酷だ。

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