小説

『魔術師』おおのあきこ(『魔術師』)

 なんてきれいな肌なんだ。陶器のような肌っていうのは、こういうのを言うんだろうな……。
「そんなに見つめて。わたしの胸が気になる?」
「あ、いえ、あの、その、まあ……はい……」
「じゃあ、蝶になって、この胸に止まってみる?」
「ち、ち、蝶に……あ、その、は、はい……」
 魔術師がさっと杖をふると、智春はモンシロチョウに姿を変えた。
 そのときだった。玄関ドアが勢いよく開け放たれる音がした。廊下をどすどすと進む大きな足音が響きわたる。リビングの入口にぬっと人影が現れた。
 蝶の智春はその人影の正体に気づくと、ぎょっとした。
 千秋!
 千秋は、目の前でひらひら舞う蝶をはたき落とし、魔術師めがけて突進した。
「トモくんはどこ!? どこに隠したの? ここに来たのはわかってるのよ。あたしのトモくんを返して! あんたなんかにわたさないから、ぜったい! トモくんはどこ!?」
 魔術師は最初こそ驚きに目を見開いていたが、やがてふっと鼻で笑うと、千秋の足もとを指さした。
「そこ」
 千秋の足に踏みつぶされたモンシロチョウが、断末魔の苦しみからか、羽根をかすかにはためかせていた。
 魔術師はその隙に智春の財布をクッションの下に隠すと、ぼう然と立ちつくす千秋に澄ました声で言った。
「悪いけれどお引き取りいただけるかしら。つぎのお客さまがいらっしゃるので」

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