小説

『魔術師』おおのあきこ(『魔術師』)

「バカか?」
「いやいやいや、先輩もあの場にいたら、同じ気持ちになったと思いますよ。なんていうか、こう、股間に響くっていうか」
「気持ち悪いやつだな」
「いやいやいや、観客席にいた全員が同じように感じてたと思うんですよ。論理的に説明できないけど、その場の空気全体が、そんな感じでした」
「で、どうなった?」
「しばらくこちょこちょしたあと、魔術師がまたさっと杖をふったら、ぽんっと煙が上がって、ステージに中年男が戻ってたんです」
「子猫は?」
「消えてました」
「まさか」
「でも、ほんとうなんです」
「大がかりな手品だな」
「……ですね」
「きれいな女と、ちょっとエロくて不可思議なショー、ってわけか」
「……ですかね」
「まあ、それで500円ならお得かもしれないな」
「でしょ? オレもそう思いました。その日はその中年男が魔術師にいじられる最後の客だったみたいで、すぐにショーは終わっちゃって……。だから、つぎの日、また千秋をうまくまいて魔術師の館に行ったんです」
「リピートしたのか?」
「だって、絶世の美女によるみごとな手品が500円で見られるんですから、安いもんじゃないですか。先輩だって、いまそう言ったばかりでしょ」
「まあ、そうだが……」
「で、その日は若い男が馬に変身させられたんです」
「馬?」
「はい、馬」
「馬が、掘っ立て小屋の中にいきなり現れたのか?」
「はぁ、そうですね……考えてみれば、ちょっと手間がかかりますよね」
「かなり手間がかかるだろう」

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