小説

『魔術師』おおのあきこ(『魔術師』)

 でもなんとなく気になってもっと近づいてみると、入場料500円の立て札が見えたんです。つまり、見世物小屋のようなものなのかなって。いったんはばかばかしいから帰ろうと思ったんですけど、なんか気になって、まあ500円くらいならいいや、入ってみようって。なにしろ千秋をうまくまいたあとで機嫌がよかったもんですから、オレ。
 で、中に入ってビックリですよ。おんぼろな外見からは想像もつかないきらびやかな世界が目に飛びこんできたんですから。まさに光の世界ですよ。目が慣れるまでしばらくかかったくらい。どうやら小さなステージと、30人くらいがすわれる観客席が設置されてるようでした。周囲はぐるりと布に囲まれてるんですが、ちょっと中東っぽいっていうか、そんなタイプの柄で。観客席にいたのは、そうですね、20人くらいかな。みんな男。若いのもいたけど、中年のほうが多かったな。で、その全員が、ステージのほうを凝視してるんです。え~、なんだ? って思って、オレもステージをよくよく見てみたら、これまたきらびやかな椅子が置かれていて、そこにまあ、なんていうか、すこぶるつきのいい女がすわってるじゃないですか。オレ、腰抜かすほど驚きましたよ。なにしろ、外からは掘っ立て小屋にしか見えないのに、中に入ったら光の世界で、その中心に絶世の美女がすわってるんですから。頭にターバンみたいなのを巻いて、その下からつやっつやの黒髪がすぅ~ってのびてて、肌は透けるように白くて、きらきらときらめく瞳は100万ボルト級。目のまわりは黒く縁取られていて、唇はまっ赤に染まっていて。ぼわっとした、マントみたいなものを身にまとってるんですが、裸の両腕がそこからのぞいてて、それがもう、色っぽいのなんのって! 思ったんですけど、クレオパトラってのは、あんな感じだったんじゃないかな。いや~、なんというか、もう、感動ものでした」
「おれ、なんかいやな予感がしてきたよ」
「いやいやいや、まあ最後まで聞いてください。でね、その美女が、というか、まあ、その人が魔術師だったわけですけど、その美しい魔術師が、オレに、にこりと笑いかけてくれたんです。そりゃもう、最高に美しい笑みでした……。その時点でオレ、かなりやられちゃってたんですが、そのあと、さらに驚くことが待ってたんです。
 魔術師が、『つぎの方どうぞ』って言ったら、観客席から中年男がひとり立ってステージに上がったんです。中年男が目の前にひれ伏すようにすわりこんだところで、魔術師が手にした杖をさっとふりました。そしたらステージにぽんっと煙が立ち上って、気がついたら、なんと中年男が子猫に変身してるんですよ! いやもう、ビックリしたのなんのって」
「どういうことだ?」
「いやいやいや、もちろんなにか仕掛けがあるんでしょうけど、でも見た目は、ほんとうに中年男が子猫に変わったように見えたんです。場内大コーフンですよ。オレもええーって感じでコーフンしちゃって。そのあと魔術師が、杖の先端で仰向けになった子猫のお腹を、こちょこちょしはじめたんです」
「こちょこちょ?」
「そう、こちょこちょ。そしたら子猫が、ゴロゴロのど鳴らしてよろこんじゃって。なんかそれ見てたら、おれものど鳴らしそうになっちゃって」

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