小説

『洗濯とワイシャツと鬼』黒岩佑理(『桃太郎』)

 ものの数分で、店に到着した。
 「焼き肉 鬼ヶ島」
 という店名とともに、真っ赤な顔をした鬼の看板がデカデカと掲げられている。
 「いらっしゃいませ」
 看板と同じ鬼のお面を被った店員が威勢の良い声をあげる。服装は、蝶ネクタイに白のワイシャツと黒のスラックス姿。そのギャップが面白く、開店以来、地元の人達を中心に毎日繁盛している、という。
 そして、店員の格好だけではなく、人気の秘密は「二時間 1200円で食べ放題」という格安プランが受けているのだ、という。
 席に着くと、百瀬一行もそのプランを選んだ。
 すると、鬼の面をした店員が小さく頭を下げた。
 「申し訳ございません。本日は、食材を運ぶ輸送車の事故の影響で、鶏肉しか提供できない状況です。なので、通常のメニューの提供は中止しております。その代わり、今日だけの特別メニューとして『一時間で5000g鶏肉食べ尽くせ 鬼退治プラン』というものをご用意しております」
 「へえ、それはヘビーですね」
 「はい。ですが、一時間で完食すれば、お代は頂戴致しません。ただ一秒でも時間を過ぎて、一切れでも残っていた場合、一人120000円のお代を頂戴致します」
 「なんと・・鬼ですね・・」
 百瀬は躊躇った。パーティーのメンバーを見れば、自分、老人、母親、子供なのだ。戦力となりそうなのは、自分だけ。まあ身体を鍛えている老人もある程度食べられるかもしれないが、過度な期待はできない。
 「やりましょう」
 と、老人は自信満々に言う。
 「無料ならば、何の後ろめたさもない。じゃんじゃん食べて、鬼退治をやろうじゃないか!」
 老人の威勢の良い声に背中を押され、百瀬はそのチャレンジを決めた。

 しばらくすると、大皿に盛られた5000gの鶏肉がテーブルに置かれた。
 せせり、胸肉、もも肉、手羽先、様々な部位がある。巨大な肉の塊。まさに、鬼だ! あまりの迫力に、百瀬は思わずたじろぐ。
 「それでは、出陣じゃ!」
 老人の声を合図に、チャレンジははじまった。

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