小説

『洗濯とワイシャツと鬼』黒岩佑理(『桃太郎』)

 「へっ、くしょん!」
 と、犬介が大きなくしゃみをした。
 「わしも寒い・・そうだ。ちょっと百瀬さん。あなたが持っている洗濯物を貸してくれんじゃろうか?」
 「汚れていても構わないなら良いですよ」
 「それは、我慢、我慢じゃ。百瀬さんは臭そうじゃからな」
 老人は鼻をつまむ仕草をした。母親と犬介は大声で笑った。百瀬は作り笑いをした。そして、内心でこう思った。
 「なんて、失礼な老人だ!」

 三人はいそいそとその場で着替えはじめた。
 老人は、年の割に筋骨隆々とした肉体だった。百瀬のワイシャツは少し小さかった。今にもはち切れんばかりだ。もう着れないな、と百瀬は思った。
 逆に子供には大きすぎた。下が地面に擦れて、これまたもう着れないだろう。
 残りのワイシャツは先ほど濡らしてしまったので、百瀬自身は部屋着のTシャツ姿になった。可愛い猿のイラストが前面に描かれている、外に着ていくには若干恥ずかしい代物だ。
 「あの・・」
 そこに母親が声をかけてきた。
 「何ですか?」
 百瀬が訊ねる。
 「何かお礼をしたいんですけど・・」
 「その気持ちだけでありがたい。ワシは無償の愛を信条としとる人間なんじゃ」
 老人が言う。
 「僕も気持ちだけもらっておきます」
 「いえいえ。犬介を救ってくれた命の恩人ですから。この近くに新しく焼き肉屋が出来たんですよ。なので、そこでごちそうしたいんです」
 その途端、朝から何も食べていない百瀬は腹がぐっーと鳴った。
 「ほら、行きましょうよ。お腹は正直です」
 「ワシも少しお腹が空いたなあ」
 「じゃあ、決まりですね!」

 百瀬一行は、河川敷沿いを歩いていく。

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