小説

『洗濯とワイシャツと鬼』黒岩佑理(『桃太郎』)

 ただ、老人は先ほどの威勢の良さはどこへやら、開始三分ほどで箸の進み具合が鈍くなった。母親と子供は最初から早く食べようとする意思はなく、鶏肉に舌鼓を打つばかり。
 「こんなんじゃ、絶対に間に合わない!」
 心の中で叫びながら、百瀬は一人、高速で肉を口の中に入れていく。
 「百瀬さん、ちゃんと焼かないと駄目ですよ!」
 「ああ、この人が、僕が焼いてる途中の手羽先食べた~」
 「百瀬さん、それは大人げないじゃろ。子供相手に情けないと思わんのかね」
 しかし百瀬の奮闘は、他のメンバーからの非難を浴びるばかり。しかも残り半分のところで、百瀬の腹は限界を迎えた。
 すると百瀬の中で、「母親の奢りなのだし、まあいっか」という気持ちが芽生えてきた。ただ、四人分の代金を果たして母親は本当に払う気があるのか、気にかかる。百瀬は、余計な出費をしている余裕はない。やはり、頑張らないといけない!
 ・・しかし、箸は進まない。
 「なかなか、減らないわねえ。百瀬さんはまだ若いのに、だらしない」
 すると、母親がぽつりと呟いた。それから、肉をすいすい口の中に運びはじめた。まるで、掃除機のようだ。
 「え・・」
 百瀬は呆気に取られた。
 「私は昔、フードファイターをやっていて、テレビにも出てたんですよ」
 母親が口をもぐもぐさせながら言う。
 「僕も食べる!」
 その息子である犬介も、もの凄い勢いで肉を片付けていく。
 「わしはダイエット中なんじゃが・・しょうがない」
 老人の箸もようやく進みだした。
 「凄い・・」
 百瀬は生まれてはじめて「仲間」の素晴らしさを知った。たとえ、鬼のような肉の塊だって、皆で立ち向かえば怖くはない!
 百瀬ももう一踏ん張りで、彼らに加勢した。

 「鬼退治、成功です!」

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