小説

『洗濯とワイシャツと鬼』黒岩佑理(『桃太郎』)

 「僕も何か手伝うこと、ありませんか?」
 「おお、それは、ありがたい。取りあえず、刈った草をこのゴミ袋に入れてくれんかね?」
 「お安いご用です!」
 
 百瀬と老人は草刈りをはじめた。
 この夏一番の炎天下、二人が汗水垂らして作業をしていると、遠くの方から悲鳴のような声が聞こえてきた。それに最初に気付いた百瀬はあたりを見渡した。
 川の上流の方から、どんぶらこ、どんぶらこ、と何か丸い玉が流れてきた。
 地球外生命体だろうか・・。
 暑さのせいで思考が蕩けていた百瀬は、突拍子もない想像をする。
 「息子が!、息子が!」
 と、先ほど叫んでいたと思しき女性が百瀬にすがりついてきた。百瀬は再度、川を見た。
 その丸い玉は、桃色のバランスボールだった。そしてその上に、まだ小学校低学年ぐらいの男の子がいた。両手を肩のところまで広げ、絶妙なバランス感覚でバランスボールの上に立っていた。
 「まるで、曲芸師だなあ」
 あまりの妙技に百瀬は感嘆の声をあげた。
 「そんなこと言ってる場合ですか!」
 すると、母親から胸ぐらを掴まれた。
 「一昨日の大雨の影響で川は増水してますよ! 流れも速いです! 息子は絶対絶命の状況です!」
 母親は詳細な状況説明をして、息子の危機を百瀬に伝えた。
 「なるほど・・」
 「助けてくださいよ! あなた、鬼ですか!人間の面をした鬼ですか!」
 続けて、母親が捲し立てるように叫ぶ。
 「分かりました・・助けますよ」
 ようやく百瀬が救助要請に同意した、その途端、その横をもの凄いスピードで駆け抜ける人影があった。草の上には、鎌だけが残されていた・・。

 何の躊躇いもなく、老人は川に飛び込んだ。腰はやはり曲がっているが、老人はすいすいと水を切っていく。そして先回りした老人はしっかりとバランスボールを受け止めた。

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