小説

『洗濯とワイシャツと鬼』黒岩佑理(『桃太郎』)

 百瀬はその場に蹲り、頭を抱えた。今すぐ洗濯をしなければ、明日、会社に着ていくワイシャツがない。ワイシャツがないと会社に行けない。会社をクビになる。洗濯機を買えないどころか、住む家さえ無くなってしまう。百瀬の頭は不安で一杯になった。

 それから数十分ほど経つと、百瀬は閃いた。洗濯物をスーパーの袋に詰めていく。四つの袋がパンパンになった。彼の住むマンションのすぐ目の前に商店街があり、その一角にコインランドリーがあった。両手に袋を抱え、彼は家を出た。そして、店の前に着くと驚いた。シャッターのところに「定休日」と張り紙があったのだ。
 「はあ」
 百瀬は力を無くし、その場にぺたんと座り込んでしまった。こういう時に彼が思うのは、これは自分への嫌がらせなのではないかということだ。百瀬は元来、マイナス思考の人間だった。大人になるにつれだいぶ改善されていったが、子供の頃は些細なことですぐに悩んで、体育座りになって蹲っていた。その姿は、まるで海中にいる「藻」のようだった。クラスメートからは、その名前をもじって、「藻太郎」と揶揄されることもあった。
 途方に暮れた百瀬はかれこれ小一時間ほど、そこで蹲っていた。いつの間にか太陽は上昇して、アスファルトの地面をじりじりと照りつけていた。
 さすがにその熱さに堪えかねた百瀬は、よいしょと立ち上がった。
 とその瞬間、ある妙案を彼は思いついた。
 百瀬は一歩、足を踏み出した。
 少し歩いただけで、じんわりとTシャツが濡れてくる。目的地に着く頃には、ひとっ風呂浴びたように、身体中が汗だくになった。

 そこは、国道沿いの高架下を利用して造られた河川敷公園だった。広い敷地内には、ゲートボールやパターゴルフ場、バーベキューエリア(無料で道具一式をレンタルできる)がある。
 週末ということあり、家族連れや若者達を中心とした行楽客で活況している。愉しそうな笑い声が響く。川面が陽光に照らされ、キラキラと輝く。その目映さと対比して、自分の惨めさが際立つ。百瀬は、なんだか泣きたくなった。「藻太郎」と呼ばれたあの頃のような哀しみが渦巻く・・まあ良いさ。俺は俺の目的をやり遂げる!
 あの頃よりもポジティブな彼は、しっかりとした足取りで、再び歩き出した。
 川岸に着くと、スーパーの袋からワイシャツを数枚取り出し、水につける。気温は高くても、水温は低い。それに堪えながら、もみ洗いをはじめた。次に、ポケットに突っ込んだ薬用石鹸を取り出す。先ほどコンビニに寄って購入したものだ。
 「おい、君、何をやっているんじゃ!」

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