『それだけ』
『ねえ、いる?』
「いるよ、手を繋いでるだろ」
右手に力を入れる。姉の手が冷たいのはまだ寒い春先に長く外にいたからだろうか。それとも死んでいるからだろうか。鼻の奥がしん、と痛んだ。
「もいっこ質問いいかな」
『どんとこい』
「なんでドレス着てるの」
何故ドレスを着て死んでいるのかという意味じゃない。僕が訊きたかったのは何故死んだ日にドレスを着たか、ということだった。
姉の歩みが止まる。
『あー、、、、』
繋がれている姉の左手がぐっぱーぐっぱーするようにニギニギと動き、反対の手は首の上、かつて唇があった場所を擦るように動いた。僕は知っている。これは姉が照れているときにする仕草だ。姉が高校三年生になって僕が高校一年生になって、それから見ることのなくなった仕草だ。
「いや、言いたくなかったらあれだけどさ。姉さんがそれ着てるの初めて見たから」
『変かな』
僕は明らかに動揺していた。
「変、じゃないけど、ちょっとびっくりしただけ」
何か言い訳みたいになってしまったと思いつつ隣を見てみると、姉は親指をせわしなく動かし書いては消してを繰り返しているようだった。
『やっぱ』
『やっぱやめとくわ』
「ん、おっけ」
なるべくいつも通りの声を出した。そしたら心までいつも通りに戻った。
川沿いにおんぼろ水車が見えてきた。水車はギイギイと耳に障る音をたて僕と姉を歓迎していた。
「彼ぴっぴのこと?」
『なんで蒸し返すのさ』
「僕でさ……」
『ん???』