小説

『桃太郎外伝 なよ竹のかぐや姫』長月竜胆(『桃太郎』『竹取物語』)

 奇妙な言葉。桃太郎にはその意味が分からなかったが、考えている時間も尋ねている時間もなかった。気付いた時には、かぐや姫は桃太郎の横をすり抜け、自ら前へと歩み出ていた。
「……かぐや姫?」
 かぐや姫は背を向けたまま、静かに呟く。
「生きていれば別れはいつか必ずやってくる。それは受け入れなければならないこと。その時が来たんです」
「……どうして……それでもここにいたいんだろう? 簡単に諦めたりするな」
 桃太郎は思わず叫んでいた。感情のこもった心からの叫び。それを受けて、かぐや姫はゆっくりと振り返る。その目には涙が浮かんでいた。
「ずっと考えていました。離れ離れになるなら、出会う意味はあるのかと。でも今なら分かる気がします。別れは終わりじゃない。残るものがあって、その積み重ねがこれからを繋いでいく。今までのことは、きっと必要なことだった。だから感謝しています。あなたも含め、これまでの出会いや出来事の全てに。それを背負って、私は行きます」
 そこにいたのは、初めて話をした時の、暗く憂える少女ではなかった。すでに自身の答えを出している。青年のその言葉の意味が分かった時、もう桃太郎に何も言えることはなかった。
「姫様、こちらを」
 青年は、どこから取り出したのか箱を開くと、その中から透き通った羽衣を渡す。
「それは、地上の穢れを落とすという羽衣……それを着たら、今のこの気持ちも消えてしまうんでしょうか」
「これまでのことは遠き夢のようになるでしょう。しかし、姫様がそれを大切に思うなら、きっといつまでも心の中に」
 かぐや姫はしばらく羽衣を見つめると、桃太郎の方へ振り返る。
「桃太郎様、本当にありがとうございました。あなたの言葉が勇気をくれました。私にもあります。大切な人達が教えてくれた守るべきものが。最後にわがままを一つよろしいでしょうか。父が目覚めたら、伝えてほしいんです。このような形で旅立つ親不孝をお許しください、と。そして、どうか悲しまないでください、と。皆の幸せが私の願いです。今まで本当にありがとうございました。そうお伝え願えますか?」
 桃太郎は無言のまま静かに頷く。
 かぐや姫は、最後に笑顔を見せて一礼すると、決意したように羽衣を羽織った。その瞬間、意識を失ったように倒れ込み、青年に抱きかかえられる。
「少し眠っていただいただけです。この方が、都合がよいものですからね。目覚めた時には、あるべき場所に戻っているでしょう」

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