小説

『桃太郎外伝 なよ竹のかぐや姫』長月竜胆(『桃太郎』『竹取物語』)

 その頃、屋敷の最奥、かぐや姫と桃太郎のいる部屋でも異変が起こっていた。
「次郎、どうしたんだ? 眠っているのか?」
 外が騒がしくなってすぐ、次郎は突然意識を失ってしまった。桃太郎がどれだけゆすっても目を覚ます様子はない。
「使者がやってきたのです。おそらく、屋敷中がこのような有り様でしょう。何故、桃太郎様は平気なのか……」
 かぐや姫が言った瞬間、部屋の戸がすっと開き、微笑の青年が二人の前に現れた。
「おや、まだ意識のある者がいるとは……」
 不思議そうに呟きながらも、青年は桃太郎をじっと見つめると、すぐに納得したように頷く。
「ふむ、なるほど。どうやらあなたも人の子ではないようですね……ああ、あちら側の方でしたか。これは何とも奇縁……」
 不気味に笑う青年を前に、桃太郎はかぐや姫を庇い立ち塞がる。青年の放つ常人ならざる気を感じ取りながらも、桃太郎は一切怯むことなく言い放った。
「彼女はここにいたいんだ。どんな事情があろうと、無理やり連れて行くような真似はさせない」
 すると、青年はわざとらしく顎に手を添え、首を傾げて見せる。
「ふむ、あなたが守りたいのは、果たして姫様か、はたまた自分自身なのか」
「何?」
「ご自身が一番よく分かっておいででしょう。あなたは自身と姫様を重ねている。運命に抗おうとするのは、自身の未来を恐れているからでは?」
 柔らかく笑みを浮かべながらも、青年のその目は全てを見透かすような鋭さを持っていた。実際、それが青年の力なのだろう。桃太郎を試すように言葉を投げかけてくる。
 しかし、翁とは違い、桃太郎に取り乱す様子はなかった。かぐや姫と言葉を交わし、この状況に陥って、改めて見えてくるものがある。自身の心を確かめるように胸に手を置くと、桃太郎は青年を見据えた。
「……確かに、そういう思いもあったかもしれない。しかし、違う。私が今戦うべき理由は他にある。私の大切な人達が教えてくれたのだ。愛おしいものや温かいもの、その尊さを。それを守ることが私の為すべき正義だ。私はそう信じて生きてきた。そして、これからもそうありたいと思っている」
 桃太郎の強く真っすぐな眼差しに、青年は何を思うのか、静かに笑みを返す。そして、優しささえ感じさせる柔らかな口調で、言い聞かせるように言った。
「なればこそ、引きなさい。姫様は、すでに自身の答えを出しておられます」

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