青年は周囲をいちべつすると、翁の姿を見つけ、声をかける。
「竹取の翁さん、お初にお目にかかります。私は月の使者。姫様をお迎えに上がりました」
青年の丁寧な挨拶に対し、翁は怒号で返した。
「黙れ！ 私の娘はどこにもやらん。大人しく帰らねば、痛い目を見ることになるぞ」
「……やれやれ、これはまた随分な歓迎ぶりですね。むしろあなたには感謝して頂きたいものです。これだけ立派な屋敷も建って、さぞ良い思いをしたことでしょうに」
「屋敷や黄金が何だ。欲しければ全て持って行くがいい。ただし、娘にだけは指一本触れさせんぞ」
意志を秘めた翁の強い口調に、青年は一瞬黙り込む。しかし、その金色の目で翁を強く見据えると、淡々と告げた。
「姫様はあなたの娘ではありません。真に帰るべき場所があるのです。それに、あなたのそれは、本当に愛と呼べるのでしょうか」
「何を言う。娘を思う親心に、何の疑問があろうか」
「私には、愛というより執着に思えますがね。さしずめ、子離れのできない親のわがまま。あなたにあるのは、自身のための欲望ではありませんか？」
「黙れ！ 私は娘のことを一番に思っている。他人からそんなことを言われる筋合いはないわ」
動揺する翁に、青年は更にまくし立てる。
「ならば、姫様と言葉を交わしましたか？ それが出来ていれば、このような仰々しい事態にはなっていないはずです」
「うるさい、もう何も言うな。これが最後だ。今すぐ去らねば、何十という矢がお主を襲うことになる」
翁の言葉に、兵士たちの弓矢を構える手にも力がこもる。言いしれない緊張感が漂う中、青年だけが緩やかに構えていた。
「聞く耳持たず、ですか。残念です。無理やり引き離すようなやり方は不本意なのですが。できれば、美しく別れの時を持たせて差し上げたかった……」
絶えず微笑をたたえていた青年の顔から、一瞬笑みが消える。そして、
「眠りなさい……」
そう一言呟くと、翁も兵士も皆、力なくその場に崩れ落ちた。その拍子に放たれた多くの矢も、不思議な力に押さえつけられるように、力なく飛んで落ちる。
青年は浮かんだまま滑るように移動を始め、屋敷の中へ入っていった。触れることもなく、自然と戸は開いていく。もはや何ものもその不思議な力を拒むことはできなかった。