かぐや姫を抱えながら、青年はゆっくりと去っていく。しかし、ふいに立ち止まり、桃太郎の方を振り返った。どこか少し迷うような表情で一瞬黙り込み、それから唐突に語り始める。
「私は地上を不浄の場所だと教えられていました。人々は愚かで卑しく、罪に穢れていると。しかし、姫様やあなたを見ていると、そればかりではないのかもしれないと思えてくる。桃太郎、と言いましたか。あなたは自分が何者か分かっていないご様子。あるいは、あなたもまた、罪や使命を負い、来るべき時までこの地をさまよう定めなのかもしれませんが、どうでしょう? あなたが望むなら、教えて差し上げてもかまいませんよ。あなたの正体を」
悪戯っぽく笑う青年に対し、桃太郎は表情も変えず、静かに答えた。
「私は桃太郎だ。それ以外の何者でもない」
もう微塵の迷いもない。そんな桃太郎の様子に、青年は安堵したように笑った。
「……そうですか。やはり、あなたも良き人々のもとで育ったようだ。桃太郎さん、どうぞ、お元気で。それが姫様の望みですから」
そして、青年はそのまま外まで出ていくと、再び青い光となり、月へと真っすぐ上って行った。
青年が去った途端、倒れていた者達は次々と意識を取り戻し始めた。桃太郎から事の顛末とかぐや姫の言伝を聞かされた翁は、その場に泣き崩れ、夜通し泣き続けたという。そして、屋敷も全て売り払い、ひっそりと故郷へ戻っていった。
全てが終わり、桃太郎と次郎も、自分たちの帰るべき場所を目指し歩く。その道中、次郎も桃太郎から詳しい話を聞かされた。
「……そんなことがあったのか。大事なところを見逃したな。しかし、久々の快眠という感じで、とても体の調子がいいんだ。アレ、またやってくれないかなぁ」
相変わらずの調子で次郎は言うが、桃太郎は前を向いて黙ったままだった。さすがの次郎も、珍しく真剣な顔をして、桃太郎に尋ねる。
「良かったのか? 正体を聞かなくて」
「ああ」
桃太郎は短く答えた。気の抜けた態度に、次郎は少しムッとする。
「まさか、怖くなったのではなかろうな。自分もかぐや姫のようになるのではないかと」
「そんなんじゃないさ。むしろ、彼女からは勇気をもらったよ。どんな形であれ、別れはいつか必ず来るし、変わらないものはない。だけど、それを嘆くだけじゃだめだ。受け入れて、前へ進まないと」
「それなら、何故逃げるのだ」