酒盛りの晩は相変わらず父の胡坐の中に陣取った。小学生になった文太郎も座の一員となり、今井権蔵の横にちょこんと座った。留夫も後藤作治も顔をそろえた。
さよちゃんもぶんちゃも駅に行ったかね、とはす向かいの留夫に問われ、文太郎が正座に直って、
「さあ見送だせって、先生が授業をやめて、みんなで行ったんだ。駅の回りは人がぎゅうぎゅう詰めで、国旗と幟がいっぺごと立って、ばかたまげた。バンザーイバンザーイせって旗をば振ったんだ」
ひと息に喋ると胸を張った。「ほう、どうしたって?見せてくれや」と留夫に焚きつけられ、姉弟は喜々として立ち上がり、向かい合った。息を吸い込み、
「バンザーイバンザーイバンザーイバンザーイ」
声を張り上げ、腕を振った。燗の番をしていたキヨヱが障子戸から顔を覗かせた。
「おうおうおう」
「気合い入ってんねか」
拍手喝采、囃し立てられ、文太郎がますます青筋を立てるので、さよは堪らず吹き出し、父の膝にもたれ込んだ。
余興が終わると、大人たちは「南京の時は祝いの提灯行列を大々的にやって祭りのようだった」とか「小雪でいいあんばい」、とりとめのない世間話を口々に言い合った。
それはそうと、と権蔵が改まった様子で切り出した。
「マル羽のあれ。今どうしてるもんだ?秋に戻ったろね?」
それさ問題は、と留夫が膝を打ち、
「漢口だとかそこら行ってたんだわ。夏に行って、足撃たんて、秋にはご帰還だすけにや。ほんのかすり傷だって話だぞ。実際、怪我なんか問題じゃねんさ、根性なしのごくつぶしだ」
文治がスルメをしがみながら、気狂いだわや、と吐き捨てた。権蔵が宙を見たまま、記憶を辿り、
「文化グループの一件で捕まったっていやあ、二年も前か」
呟くと、また呆けたことせってら、と留夫が顔を突き出して「あれは捕まらんがったの。同級の小林ってのが一人だけ捕まったの。そんでおしまい」と毒づいた。権蔵が、はあと素っ頓狂な声を上げた。やりとりを聞いていた文治は、「海端だろうが山だろうが、ここは日本さ」と珍しく怒りを露わにして、
「国が一度こうと決めたら、大人も子供もみんなで行くもんだ。さあこれからやるぞって時に、それより僕は映画をやりますとこうだねか。しゃあしゃあとよくも楯突いたもんだ」