カタカタカタカタ。
室内に響く、タイプの音。
カタカタカタカタ。
これは私の音なのか、それとも隣の黒川さんのものなのか、それとももっと遠くのデスクの誰かのものなのか、そもそもこれがなんの音なのか、いやこれは確かに、パソコンのキーボードをうつ音なのだけど。
私はめまいを感じて、トイレに立つ。ゆっくり慎重に立ち上がる。このタイプの空間を壊してしまわないように。
女子トイレには、朝倉さんがいた。鏡の前でアイラインをひき直している。鏡ごしに私と目が合うと、とても嫌そうな顔をした。
気持ちは分かる。私だって、トイレくらい一人の、たった一人だけの場所であって欲しい。でも仕方ない、そう言いたかったけど、朝倉さんはぷいっとまたアイラインに向き合った。
トイレの便器にお尻をおろすと、がちゃっと音がした。朝倉さんが出て行ったのだ。
私は、そのトイレの中でたった一人だった。
私はふー、っと大きく息をした。
じょろじょろ、っとおっしこの音が鳴り響く。世界で私だけの、私だけが出せる音。
おしっこが止まったタイミングで急に涙が流れそうになった。
便座があたたかくて、自分のお尻が冷えていたことに気がついたこと、朝倉さんの目線がやっぱり何故かとても哀しいと感じたこと、鏡で見た自分の顔があまりに不細工だったこと、すべてが襲いかかってきて、全力で私をスクラップしてくるように感じた。
あの部屋で仕事している人は、きっと世界が終わってもそのことに気がつかずにずっとタイプしているんじゃないかしら。
はっとして、私はもうしばらく便座におしりを突き出したままだということに気がついた。
戻らなくちゃ。
私は急いでパンツとスカートをあげて、自分のデスクへと戻る。
私はどんなに哀しい気持ちになっても、意地悪なことを考えれば現実に戻れた。
ここの人達は、きっと明日テロが起こって全員死んじゃうんだわ。
かわいそうに、あの部長なんかは服を全部はがされてそれでも泣きながら命を懇願して、口に拳銃突っ込まれて死んじゃうんだ。
カタカタカタカタカタカタ。