小説

『オフィスレィディ』坂本悠花里(『女生徒』)

 お母さん、私ね、本当に自分のことが嫌いなの。どうしても好きになれないの。
 カノンが何かささやいている。
 カノンは生まれたときから、自分のことを好きか嫌いかなんて考えたことがないよ。
 カノンってば本当にかしこい猫だね。ちょっとむかついちゃうな。
 布団が私に馴染んでいく。私の体温をキャッチして、それをそおっと私に送り返してくれる。
 さあ、もう寝てしまいなよ、無力なシンデレラちゃん。
 おやすみなさい。
 もう夜はどっぷり深まった。 
 おやすみなさい。
 私はトウキョウにたしかにいますが、トウキョウは本当に在るんでしょうか。
 おやすみなさい。
 もう寝てしまいましょう。
 おやすみなさい。
 私、王子様なんてずっとずっと欲しくはなかった。(あの人はちっとも少女の気持ちなんてわかっちゃいない)それよりも、あのバカでどうしようもなく自己愛に満ちてて、プライドだけはうんと高くって、自分らしく生きようってするかわいらしいお姫様たちが好きだった。自分のように愛おしく、愛していた。
 おやすみなさい
 でもきっと明日には私、げらげらと漫画を読んで笑っているかもしれないね。
 おやすみなさい。
 窮屈な言葉たち、窮屈な思想、窮屈な窮屈な概念。
 おやすみなさい。
 明日には私、すごくやらしい服をきて、男のあれをたたせてるかもね。
 おやすみなさい。
 おやすみなさい。
 死んでしまいなさい。
 死んでしまいなさい。
 ねえ、私たちは踏み込まれることを嫌い、それでも、壊されることを望む。いつも常に行ったり来たり。
 だから明日にはこんなノート、きっと必要なくなっているんだよ。
 おやすみなさ。い

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11