「これ、木戸さんコピー宜しく。」
「はい。わかりました。」
これが最後に私と交わした言葉になるのね。さよなら部長。アーメン。
カタカタカタカタカタカタ。
この音はきっと、時限爆弾の装置なんだ。この場所が吹き飛んでしまう為の。
この建物がなくなって、みーんな死んでしまったら私は新しいスニーカーを買おう。それでお気に入りの花柄のワンピースを着て、ピクニックに行こう。レバーのパテとチーズとレタスを挟んだサンドイッチをお腹いっぱい平らげよう。
「お疲れさま。」
そう言って、同期の良子が微笑んでタイムカードを切った。
良子は、何か全てを飲み込んで、私にその日一日精一杯の微笑みをくれていたようだった。
その微笑みに、私は自分がなんて嫌らしい生き物なのだろう、と感じた。私がこの先どんなに不幸になっても良子だけはシアワセでいて欲しいと思った。
中年のおじさんの息、OLのコスメのにおい、高校生の汗のにおい、誰かの食べた餃子のにおい、おばさんの飼っている犬のにおい。、
満員電車の中ではいつも叫んでいる。
助けて助けて助けて。
でも、誰も来ない。だーれも来ない。
だから、最近はやり方を変えた。
私は次の駅で降りて、東京駅まで行って、熱海行きの電車に乗ることだってできる、北海道に行って酪農家に弟子入りすることだってできる、どこか遠いまだ私の知らない街でひっそりと暮らすことだってできる。
私には「次の駅」で降りる権利がある。いつだって、ここにいる人たちを押しのけて、ここから出て行くことは許されている。
それがたまたま今日ではないというだけのことだ。それがたまたま今ではないというだけのことだ。
「ただいまー。」
満員電車を飛び降りて、うるさい駅前通りを抜けて、閑静な住宅街をただただ道をまっすぐに進んだり、曲がったりすると、私の愛すべき家がある。二階建てで、真ん中に吹き抜けがあって、小さな中庭のある家。