歩き出すと、すぐに足が弾んだ。
「茹で上がるような暑さは短くても一週間、おそらく盆過ぎまで続くだろうね」
まちの人びとは、寄ると挨拶代わりにため息をついた。
試写の月曜日。午後二時四十五分、さよは北星座に着いた。
外回廊の先で、深い臙脂色をした扉が開け放たれていた。
入ると、中では十人ほどの若い男たちが言い争っていた。場違いな子供の侵入にも気がつかない。男たちの奥に、ロビーと劇場を仕切るカーテンが見えた。食って掛かる者をたしなめている数人の中に、羽村賢二がいた。計画表らしきものを握ったまま、険しい表情で対峙していた。
「のんびりしてて客が集まらんがったら誰が責任取んなだ?」、「試写など後回しにして、今から宣伝に回ったらどうですか」、「後々問題にならんのか。見に来た客もろとも一斉検挙なんてことになれば、もう一人や二人の責任じゃ済まんでや」、「本当に映画だけかや。俺はなんか裏の活動がある気がしてしょうねぇわ」、矢継ぎ早に物言いが飛んだ。映画会は同級の五人でやると言っていたが、ほかに十人ほどが協力要員として試写に集ってきたらしい。さよは首を竦めたまま立ち尽くした。小突き合いが始まろうかというその時。
「聞いてくんない」
詰め寄る一人ひとりを射返しながら、賢二が声を上げた。
「要は作品さ。作品の、映画の魅力を伝えるためにやる、目的はそれだけだ。観ればわかる作品なんさ。懸念はあって然るべきだが、進む方向は作品ただ一つだ。これから自分の目で確かめてくれ。観終わって、だめだとなりゃ降りてくんない。自由だすけ」
また自由と言った、とさよは思った。宗六の前で会った時も、小林が自由と言っていた。しかし、これからは義務と結束だとみんなが言っている。先生も友達も看板もラジオもみんなが言っている。
賢二の説得で、場はあっけなく収束した。実務的な話に移り、男たちは映画会当日の役割分担について相談を始めた。
厚いカーテンの向こうから小林がひょいと顔を出し、
「開始時間を過ぎているんだがね。技師さんを待たさんでくれ」
催促を合図に、男たちはカーテンの前で一列に並び、一人ずつくぐり始めた。向こう側はどんな景色だろう。さよが男たちの背中を見ていると、勘弁ねと賢二が来た。
「さあ、入ってくんない」
頭を掻きながら、垂れ気味の目を細めた。