小説

『3番ホームで』宮本ともこ(歌舞伎『勧進帳』)

 三人は先頭車両に飛び乗った。発車時間に遅れつつ、ローカル線は海岸沿い線路を走り出した。しばらく進んでからのことだ。ホロで覆った列車の連結部を通り抜け、こちらに歩いてくる乗客の姿が見えた。駆け込み乗車の三人連れだ。先頭は眉の太いナマハゲのような顔の男で、自分をハンサムだと信じているのか、列車が揺れる度に髪の乱れを気にするキザな男だった。二番目は目のグリッとした男で、ぽっちゃり体型の割には面長だ。
 三人連れはクロスシートの間の通路を最後尾に向かって進んでいた。ナマハゲが立ち止まり、半身をそらしてぽっちゃりに話しかけている。そんなせわしない動きのせいで、三人目の顔が見えない。
 ナマハゲが背もたれをつかんで、客席に首を伸ばした。脅すような目つきで乗客の顔を覗き込む。耳にかけていた長い前髪が顔を覆い、泣く子はいないかと迫る本物のナマハゲにますます似ている。
 気配に気づいた経義は振り返って三人の顔を確かめた。
 経義は慶子に言った。
「ほら。やっぱり、来たね」肉厚の鼻腔を指でこすり、ウィンクしてみせる。
 慶子はむしろ、動揺していた。
「シッ。隠れて」
 慶子はジャケットを脱いで経義の頭を覆った。奥に視線を向けると、ナマハゲはすぐ、そばにいた。慶子が危ない。私はナマハゲが慶子の腕を鷲づかみにする場面を妄想し、思わず、客席に飛び出した。

 ところが、慶子は通路に仁王立ちになっていた。私の目の前で、ナマハゲと睨み合っている。
「あなたたち。乗客の邪魔よ!」慶子の低音が客席に響いた。そのまま、じりじりとナマハゲににじり寄っていく。ナマハゲは後退しながら、慶子に言う。
「おい、オンナ。オマエ、経義ぼっちゃんの秘書だろう」
「いいえ。違います」慶子はキッパリと答えた。
「わたくしはマイクロバスのセールスマンです」
「あ~? セールスマン? 嘘をつけ」
「いいえ。嘘ではありません。過疎の村にコミニュティバスを売って歩くのが、わたくしのお仕事です」
「証拠を見せてみろ」
「証拠なら、ここに」

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