小説

『3番ホームで』宮本ともこ(歌舞伎『勧進帳』)

 ふたりの視線は蛇のようにからみあい、お互いを飲み込もうとしていた。
 私は経義に飲み込まれ、胃袋にすっぽりと収まった慶子の姿を想像してみた。最初に経義の唇が広がり、頭頂部から慶子を丸呑みにする。慶子は目をつぶる。前髪は経義の唾液に濡れて、オデコに張り付くだろう。経義の喉を通るとき、慶子は窮屈な思いをする。逆に慶子の豊かな胸やお尻のせいで、経義は息がつまりそうになる。経義の胃袋にすっぽり収まった慶子は、ひとつになった喜びに満たされる。頬を上気させて慶子は経義の名を呼ぶ。身体の中から聞こえてくる慶子の声に反応して、経義は我が身を抱きしめる。慶子の指は経義の胃液にさらされ、しだいに溶け始める。このまま砕けて、こなごなになって、経義の一部になるのだ。慶子はそれで満足だと考える。だが、経義は慶子を吐き出してしまう。そして、自分が慶子の子宮に入り込む方法を模索し始めるのだ。

 こんなラブシーンはドラマでは見たことがない。経義と慶子……。私は偶然、出くわしたカップルに好奇心を募らせ、自分の妄想に満足していた。
 踏み切りの鳴る音で、私は我に返った。乗務する列車が3番ホームに近づくのが見えた。私は発車メロディのスイッチがついた柱の横で列車を待った。

 三両編成の客車の座席は旧国鉄のボックスシート、今で言うクロスシートだ。ふたり分の座席が左右に一列ずつ背もたれを並ばせ、間に通路がある。車掌室の中にいた私はふたりを見逃すまいと、小窓を覆うスクリーンの隙間にかじりついた。幸い経義と慶子は最後尾のドアから乗り込んできた。慶子は視線をあちこちに向ける。怯えたような素振りだ。進行方向に背を向けた席に経義をうながし、自分はルイ・ヴィトンを座席に置いたまま、向かい側の席に座った。背もたれに隠れて安心したのか、慶子は背筋をしゃんと伸ばし、監視するように辺りを見回している。一方、経義は膝の上に肘をついてダルそうにしていた。
 かいがいしく世話をしては、サッと距離をとる。慶子は義経の恋人である以前に主従の関係、つまりは上司と部下の関係なのだと感じた。

 発車時間が迫り、私は業務をこなした。私は3番ホームに走ってくる乗客に気がついた。三人連れで、スーツを着ている。私は舌打ちをした。身なりの良い男性のすることではない。マナー違反は都会だけではないのだ。私は車掌室の窓から半身を乗り出し、遅れて来る乗客を待った。

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