小説

『夜鷹の照星』清水その字(『よだかの星』宮沢賢治)

 ゆっくりと狙いを定める。狙撃というのは照準の中心を的に合わせれば当たるというものではない。地球の重力や風を考慮し、計算と勘で狙う必要がある。さらに引き金を引く指に少しでも余分な力が加われば、狙いがずれる。
 静かに息をしながら、一義は撃った。炸裂音が小屋に響く。肩に反動がズンと加わり、銃口からほんの小さな火が吹き出した。
 照準線の向こうで、敵の将校が仰向けに倒れる。一度眼鏡から目を離し、素早く槓桿を引く。快音を発して空薬莢が弾き出された。

 再びスコープを覗いたとき、敵の隊列は散らばり始めていた。喚き立てる者、地面に伏せて銃を構える者もいれば、今しがた撃たれた将校を助けようとする者もいる。どこに当たったのかは分からないが、まだ生きているようだ。
 一義が次に狙ったのは、その将校を助け起こして逃がそうとしている、大柄な兵士だった。無感情で引き金を引くと、その男もバッタリと倒れた。
 再度、空薬莢を弾き出す。今度はデグチャレフ機関銃を抱えた兵士に照準を合わせ、撃つ。またも狙い違わず、敵兵に弾が飛び込んだ。照準の枠の中で酷くもがいていた。手から離れた機関銃がごろりと転がる。
「……カブトムシ」
 一義はふと呟いた。大陸に来たばかりの頃、大きな鳥がカブトムシを呑むのを見たことがある。カブトムシは必死でもがいていた。おそらく喉を通るときまでもがき続けていただろう。
 一義が銃から三個目の空薬莢を排出したとき、敵も撃ってきた。煉瓦造りの建物に弾が当たり、乾いた音を立てる。一度窓から顔を引っ込め、身を屈めた。するとどうしたことか、脳裏に先ほどの機関銃兵の姿が蘇ってきた。今まで多くの戦いで人間を撃ってきたが、特に何も感じなかった。遠くの的を撃っているだけで、殺しているという意識もあまりなかった。的に同情していては自分が死ぬことになるのだ。
 だが今、一義は撃った相手のことを考えてしまった。

 再び窓から銃身を突き出し、撃つ。四発目の弾はこちらを狙っていた兵士に当たった。大分若い、少年と言った方がよいくらいの男だった。頭に当たったらしく、倒れたきり動かない。

 その刹那、空気を切り裂く音がした。何かが頬を掠めていくのを感じる。自分を狙ってきた弾だと音で分かった。背後に積まれた土嚢に弾が食い込み、乾いた土が穴から溢れる。

1 2 3 4