小説

『夜鷹の照星』清水その字(『よだかの星』宮沢賢治)

 空薬莢を弾き出し、最後の弾を薬室に押し込む。同時に弾の飛んできた方向に目をやり、敵の狙撃手を見つけた。丁度、荒野に生えた茂みに身を隠すところだった。その茂みに向けて撃ち込むと、そいつはごろりと転がり出た。這いつくばってもがいている。

 一義は床に伏せて、槓桿を引いた。最後の空薬莢が床へ転がり、銃の弾倉は空になる。気がつくと肩で息をしていた。
 敵兵の苦しむ姿が頭に浮かんだ。仲間たちも大勢、あのように死んでいった。それなのに自分は鳥が虫を呑むように、敵兵を、同じ人間を殺している。
「その俺が、今度は殺される……」
 頰に手をやり、一義は歯を食いしばった。先ほど銃弾の掠めたそこからは血が垂れ、掌を赤く濡らす。国のために、などという考えなどなくなってしまった。
 惰性的に弾を込めながら、一義は思う。もしここから生きて帰れたなら、そのときは二度と銃を持つのは止めようと。いや、それよりもやはり、自分はここで死ぬべきなのだと。

 味方の撤退する時間を稼げ。その任務だけはできるだけ果たして、楽になろう。そう決めて、ひたすら撃ち続けた。引き金を引くたび、敵兵がバタリと倒れる。相手の撃ってくる機銃の弾が飛び込んで来るが、幸か不幸か彼の肉体に穴を空けることはなかった。ときには伏せて息を潜め、死んだように見せかけて、また撃つ。
 だがそうしてしばらく経ったとき、地響きが聞こえた。

 スコープから目を離し、一義は戦慄した。地響きではなくエンジンの音だった。遠方から鋼の怪物がやって来たのだ。斜めに組み合わせて溶接された装甲は濃緑色に塗られ、鉄の帯で地面を踏みながら迫ってくる。三輌も。
 今になって出てきたところを見ると、敵はこの小屋を占領し、基地にするつもりだったのかもしれない。一義の存在によってそれが困難となり、戦車を呼んで小屋ごと吹き飛ばすことにしたのだろう。
 あんな化け物に狙撃銃は通用しない。乗っている人間を撃てれば別だが、狙撃手がいると分かっているのに戦車から顔を出す馬鹿はいない。日本の戦車より遥かに大きな大砲がゆっくりとこちらを向く。
 いよいよ最期か。銃を構えたまま、一義は微動だにしなかった。目をそらすこともなく、じっと戦車を見つめていた。

 ふいに、低く唸るような音が聞こえた。敵兵たちが空を指差し、慌てふためいているのが見える。

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