結局三十分ほど往生際悪く彷徨ってから、僕はとうとう飲食店を探すことを諦めた。自販機で買ったコーヒーを片手に、バス停の傾いたベンチに腰を下ろす。
『着いた』
アプリでメッセージを送った数秒後、既読のマークが表示された。
『何処』
『バス停』
送信してしまってから、バス停名を書くべきだったと気がついたが、どうやらそれは杞憂だった。
『わかった、凄い毛』
即答されたメッセージを、暫く見つめる。
それが『すぐ行く』の打ち間違いだと気づき、僕は夜道でひとり腹を抱えて笑った。
彼女は打ち損ねた宣言通り、十分ほどで姿を現した。真っ先に『凄い毛』をネタにしてやろうと思っていた僕は、自販機の頼りない明かりでもわかるほど青ざめた顔色を見て方針を変更した。黙ってヘルメットを差し出すと、彼女も何も言わずにそれを受け取り、代わりに小さなボストンバッグをシートの下に詰め込んだ。それからバイクの後ろにまたがった姿を見て初めて、僕は彼女が喪服を着ていることに気がついた。
「何処まで?」
メットを被りながら尋ねると、彼女は少し考え込んでから小さな声で言った。
「今からじゃ夜中になっちゃう。適当なところで泊まろ」
「了解」
バイクで来てよかった、と改めて思った。もし車で来ていたら、密室のどうしようもない沈黙を持て余したに違いない。僕が無心で愛車を加速させる間、彼女はぴたりと僕の背中にしがみついていた。ちょっと大げさなくらいの掴まり方で、もしかすると二人乗りには慣れていないのかもしれなかった。そういえば僕も、彼女をバイクに乗せるのは初めてだった。
時折、背中に震えを感じたり、何か喋っているような声が聞こえたようにも思えたが、当然ながら僕は振り向くわけにはいかなかった。本当に、バイクで来て正解だった。
高速沿いの適当なホテルに入り、彼女は黒い服を、僕はライダースジャケットを脱ぎ捨ててやっと、お互いにいつもの調子を取り戻した。というよりも、それを求めてあえて性急に服を脱いだとも言える。今日の僕らはあまりに急速に逸脱しすぎていて、同じくらい劇的なリカバリーが必要だった。