最も、彼女にほかの男が――それも何人もいるのは事実だ。明らかにペアとわかる指輪やピアス、数種類のイニシャルのネックレスに色違いのブランドバッグがその証拠だ。仮にもベッドを共にする相手に平気でそういうものを見せつけてくるあたり、彼女は相当無神経だと思う。半分は、これもたぶんわざとなのだろうが。
僕が彼女と知り合ったのは一年ほど前のことで、そのときからずっとこういう曖昧でくだらない関係が続いていた。彼女から連絡が来ることもあれば、僕が誘うこともある。どちらにしてもすることはどうせ同じだ――待ち合わせ、時々食事、そしてホテル。それでも互いに飽きずにだらだら会い続けているのは何故だろう。僕はともかく、引く手あまたに違いない彼女の方は。彼女は、小さいながらに会社を経営するやり手の美人女社長だ。
皺くちゃのシーツを適当に伸ばして寝転がると、背中がひたりと冷たかった。ぞわりと鳥肌が立って思わず体を転がすと、彼女が置いていった文庫本が目に入る。
シャワーの水音はまだ続いている。彼女の風呂は長い。僕は文庫本を手に取った。
短編集を半分ほど読みすすめたところで、彼女がタオルを体に巻きつけてバスルームから戻ってきた。
「面白い?」
仰向けに寝転がった僕を覗き込むように彼女が体を寄せてきて、長い髪からぽたぽたと雫が落ちた。
「まあまあ。一つ一つが短いからなんとか読める」
彼女は忍び笑いを漏らし、僕に頬ずりした。
「つまり面白くないってことでしょ」
「君も嫌いだって言った」
「嫌いよ。大嫌い。でもお気に入りなの」
だから濡らしたくないの、返してね。彼女は僕の手から本を回収し、わざわざ鞄に仕舞いに行った。
「ごめん、大事な本だった?」
「別に、そういうんじゃないから大丈夫」
何でもない風に彼女は笑う。だけど僕は知っている。
彼女は、見るからにオーダーメイドのアクセサリーも高価な時計も手書きのメッセージカードも、要らないものは平気でレストランやトイレやホテルに置き忘れるのだということを。
「時間、余っちゃったね」