小説

『瑠璃色の記憶』本多ミル(北原白秋『あめふり』)

(いつまで、私達はこんな生活をするのだろう。その先になにがあるの?)と、さすがにめげない敬子も、今回は身にこたえた。ひとり言が多くなった自分に苦笑する。逃げる? どこへ行くというのだろうか。よく考えたら、もう行く場所もないことにはっとする。
 疲れた足を引きずり、ひとりの家に帰ってきた。マンションの郵便ポストをチ
エックする。エアメールの封筒が入っていた。見慣れたアルファベットの文字だ。家に入るのももどかしく、その封筒を開ける。
「僕はいつまでも待っている。もう一度やり直そう。これからを共にするパートナーは君しかいない。ずっと愛しているよ。今度のホリデーにはそちらに行く。君に傘をさすのは僕だけだ」
 敬子は思わず涙がこぼれた。静かにベランダに出て、ラピスラズリのブレスレットを、厳かな気持ちでまだ現れたばかりの月明かりに照らした。
 漆黒の夕闇が迫っている。かろうじて瑠璃色の空だ。敬子の足元に、美しいエメラルド色に輝くコガネムシが息絶えていた。その背中だけが、尊く永遠に光を放つ。空とコガネムシ、月とラピスラズリのコントラスト。そこから生じる光の一筋は、円を描いて遠い宇宙に向かうと敬子は思えて、それをやさしく愛おしく、ただじっと見つめていた。

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