小説

『裸の王様』anurito(『裸の王様』他)

「つまり、かぐや姫の正体は、月から来たシレナイト(月人)、宇宙人だったんだ。地球に来た目的もはっきりしている。彼女が、結婚の条件として花婿候補たちに要求した宝物だ。龍の首の珠、火鼠の皮、燕の産んだ子安貝、そう言ったものが何らかの理由で、シレナイトたちは必要だったのだろう。それらを手に入れる特命を受けて、かぐや姫は地球に潜入したのだが、結局、目的はかなわず、仕方なく月へ帰っていったと言う訳だ」
 大手出版社の編集者を前にして、アール氏は自信満々にそう語ってみせた。
 アール氏は、政府の高官にして、大統領の相談役である。
 彼が今、一番力を入れていた政策と言うのが、童話や昔話に科学的な視線を持ち込む事で、国の将来を担う子どもたちにもっと理科学系の仕事への関心を持たせよう、と言うものだった。
 何しろ、かっては世界でも有数の技術大国だった、この国も、最近では高度成長に陰りが見え始め、科学技術や電化製品の売上げなどの面でも、技術新興国に追いつかれ、抜かされもし始めていた。こんな衰退を招いてしまったのも、そもそもは、国民の科学への無関心さが悪いのだ。子どもたちには、小さな頃から科学的発想に馴染ませ、将来的に優秀な科学者やエンジニアを目指すように育てなければ、この国が再び技術先進国として世界のトップに返り咲く事もありえないであろう。
 かくて、アール氏は、子どもたちが最初に読むであろう童話やおとぎ話にまで、無理に科学的な説明を付け加え、子どもたちに原初体験の段階から科学的着想に触れさせて、科学が好きな人間にと育成し、行く末は優れた科学者や技術者になるよう誘導していこうという、新しい教育方針を打ち出したのだった。
 アール氏は、上述したかぐや姫の他にも、童話「金のガチョウ」に出てくる黄金色のガチョウは発電機械だったと言う仮説を提唱していた。このガチョウは電気を帯びていたから、触った人間は感電してくっついてしまい、皆がつながってしまったと言うのだ。なぜ感電死しなかったのか、という素朴な疑問は、このさい触れない事にする。

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