小説

『裸の王様』anurito(『裸の王様』他)

「空中浮遊と人体消滅術ですか。あんなの、簡単なイリュージョンです。いつもは何百人もの観客相手に行なっているトリックですが、あの時はあなた一人をだませれば良かったので、ずっと楽でしたがね」
 と、もう一人の若者が言った。
「一体、どうなっておるんだ」
 アール氏が、狼狽して、つぶやいた。
「大統領は、最近、あなたの政策が過激化しつつあるのを、ずっと気にしていたのですよ。そこで、今日と言う日を利用して、国民全てを相手に、特にあなたに対して、自分の本当に思っていたメッセージを伝える事にしたんです。まだまだ若いし、政治経験も少ないようにも見えますが、あの大統領は全く大したお方ですよ」
 秘書官は、ステージの方にいる大統領を敬意の目で見ながら、そう言った。
 日々の政務が多忙すぎて今日が何の日だったかをすっかり忘れていて、自分がだまされていた事にもじょじょに納得がいきだしたアール氏も、照れ臭げな表情で、大統領の方に目をやったのだった。
 その大統領は、なおも裸のままで、聴衆相手の月初めの挨拶を続けていた。大統領のスピーチには何のためらいもなく、たとえ裸であろうと、威厳たっぷりの立派な大統領に見えた。
「科学が好きな、頭の良い子を育てる事は、国にとって、確かに大事な課題だろう。しかし、それ以上に、子どもたちは素直で正直でなくてはいけない。その方が国家にとっては、ずっと大切な宝となるのだからね。私を見て、服を着ていないと素直に指摘してくれた、このような少年の事が私は大好きだよ。全ての国民が、この少年のようであってほしい、と私は願っている。この国が、独裁とは無縁の、自由で公平な民主社会である証しとしてね。さあ、国民の皆さん、今日と言う素敵な日を楽しく祝おうではありませんか。ハッピー・エープリルフール!」
 大統領がそう声を張り上げると、聴衆からは、惜しみのない拍手が大きく巻き上がったのだった。

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