小説

『タンホイ座』佐藤奈央(『タンホイザー』)

つまり、エリサは自分を好きだと言う事か? 確かに、振り返ればあの日、エリサは必死
で自分をかばってくれた。あの時は呆然としていて訳が分からなかったが……自分はまた
もや、マヌケな鈍感さで、大切なことに気づいていなかったということか?
「こ……応えるって、どうやって」
「そんなことは自分で考えろよ。いずれにしても、このまま何事もなかったように、というわけにはいかないよ。皆の士気にも関わるからな。みそぎのようなものが必要なんじゃないのか。タンホイザー的に言うと、巡礼みたいなことがさ」
巡礼。ヒトシは戸惑った。巡礼とは、何をすればいいのか。第一ここは、中世のドイツではなく、2016年の東京である。古村が、見透かしたように言った。
「何もローマに行けって言うんじゃないんだよ。モノの例えだよ。世の中には『心の巡礼』っていう言葉もあるだろ?」
ヒトシは、壁の黄ばんだ日本地図を見ていた。
視線が日本一周を何度か繰り返したとき、ある地点に釘付けになった。四国である。
                   ◆
新宿から夜行バスに乗った。
都内から四国に向かう乗車地点はいくつかあったが、ヒトシはあえて新宿を選んだ。彼女に捨てられた街。タンホイ座のみんなと巡り会った街。過ちを犯した街。ここから巡礼を始めるのだ。もう一度やり直すのだ。あの日の稽古場以来、エリサには会っていなかった。しかし待っていてくれるはずだった。公演初日には劇場に戻って、皆の前で許しを請おう。そしてエリサの気持ちに応えよう。
相棒は、昔買ったまま放置していたロードバイク。コレをこいで、四国八十八ヶ所を一ヶ月弱で巡る計画だった。

徳島駅には朝6時過ぎに到着した。「門前一番街」で、金剛杖や白衣を買い揃え、ロードバイクをこいで向かうのは、第一番札所「霊山寺(りょうぜんじ)」。発願(ほつがん)の地である。
                   ◆
タンホイ座には異変が起きていた。
若手の劇団員が連れだって、こっそりソープランドに通いはじめたのだ。原因はおそらく、あの日のエリサの発言だ。劇団唯一の女性が唱えた「ソープランドは許される説」だ。古村は頭を抱えた。今、彼らをいちいち排除していては、公演が成り立たない。そこへタンホイザー役の荒木が来て言った。

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