小説

『タンホイ座』佐藤奈央(『タンホイザー』)

「邪悪な欲望にあずかりし者、地獄の業火に身を焦がせし者、ヴェーヌスベルクにいた者よ。いまこそお前には、永遠の呪いがくだった! 我が手の中にある杖に、二度と緑が芽吹くことがない如く、お前は地獄の灼熱から、決して救われることはないであろう!」
それは自分の経験と、まるで同じだった。あの老人の声が重なる。
「一度犯した過ちは永遠の呪いだ。見ろ。この金剛杖には、二度と緑が芽吹くことはない」

続いてタンホイザーは自暴自棄になり、再びヴェーヌスベルクを訪れる。これもまた、四国から戻ってすぐ「ソープランド ヴィーナス」の前に立った自分と同じだった。これではまるで、自分がタンホイザーそのものではないか! ヒトシの脳内では、もう一つの「タンホイザー」の幕が上がる。ヒトシがタンホイザーを、エリサがエリザベトを、古村がヴォルフラムを演じている。ヴェーヌスを演じるのは、一糸まとわぬヴィーナス嬢だ。

我に返ると、舞台上はラストシーンを迎えていた。
そこではエリザベトが絶命している。タンホイザーのために涙し、救いを求めて祈り続けた結果、彼の罪と引き換えに、天国へ召されたのだ。タンホイザーはその事実を知って、ついに改心し、棺にすがりついて泣く。そこへ一人の巡礼者が、一本の杖を掲げてやって来る。
「ご覧ください、この杖を!」
何と、杖には新緑が芽吹いている! 巡礼者が叫ぶ。
「恩寵の救いの奇蹟だ! この世に救済がもたらされたのだ!
夜の聖なる時間のうちに、主なる神は奇蹟を起こされたのだ。
司祭が手にした枯れた杖を、新緑に芽吹かせられたのだ」
舞台上は合唱となる。
「天の高みに神はおられる。神のお憐れみを嘲るなかれ! ハレルヤ! ハレルヤ! ハレルヤ!」
                    ◆
ヒトシは安堵した。よかった。タンホイザーの罪は最後の最後に浄化され、魂は救われた。まるで自分が助かったような気分だった。拍手に包まれるカーテンコール。その時、ハッとした。タンホイザーは救われたが、エリザベトは死んだ。もしすべてが物語の通りなら、エリサの身に、何か起きてやしないだろうか? 弾かれたように立ち上がり、楽屋口へ走った。エリサ、無事でいてくれ!

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11