小説

『鉄砲撃ちと冬山』清水その字(宮沢賢治『雪渡り』)

 あまり付き合ってはいられない。上着のポケットをまさぐると、中に黒飴が一つ残っていた。
「ほら。これをやるよ」
 掌に乗せて差し出すと、ウリと名乗った少女はそれを丸い目で見つめ、受け取った。包みを開けて中身を取り出し、鼻先へ持っていってにおいを嗅ぐ。動物がエサのにおいを確かめるような仕草だ。その後もう一度俺の顔を見て、ぱくりと口へ放り込んだ。そして美味しそうに、顔をほころばせる。
「舐めながら、家へ帰りな」
「嫌だね」
 けらけらと笑いながら、ウリは舌を出した。
「からかってやるつもりだったけど、お礼をしてあげる」
 ぶっきらぼうに言ったかと思うと、彼女は毛糸の手袋をはめた手で、自分の左側を指差した。その先に目を向けてみても、あるのは樹木と雪だけだ。
「この先へ行くと川があるでしょ。そこに子供はいるよ」
「本当かい!?」
 突然の言葉だった。だが信用できるか分からない。子供が行方不明になったことを知っていて、居場所まで分かっていたなら、何故それを最初に言わなかったのか。先ほどからの人をおちょくるような態度といい、どうにも不可解だ。
 そんな俺の考えを見透かすように、彼女はにぃっと歯を見せて笑う。背筋がぞくりとした。意味深な、何か凄みのある笑顔だった。
「私はあんたを信じて、これを食べたよ」
 指先で飴の包み紙をもてあそび、彼女は楽しそうに足踏みをする。
「あんたは私を信じるかい?」
 丸い目を細めて俺を見つめ、すっと踵を返した。思わず手を出して捕まえようとしたとき、反対方向から声がした。
「おい、紺三郎!」

1 2 3 4 5 6 7 8