小説

『鉄砲撃ちと冬山』清水その字(宮沢賢治『雪渡り』)

 何処から現れたのか。厚手のコートを着た女の子が、俺に向けてニッと笑った。整った顔立ちで、くりくりとした目で興味深げにこちらを見ている。歳は十七、八くらいか。山歩きに必要な荷物はほとんど持っておらず、手にズタ袋を提げているだけだ。一般人は山へ入るなと町内放送で伝えられたはずなのに、何故こんなところにいるのだろう。
「……ここで何をしているんだい?」
「何をしていようと、私の勝手さ」
 悪戯っぽく笑みを浮かべながら、彼女は足を踏み鳴らした。キシキシ、トントンとリズミカルな音がした。人を食ったような態度に苛立ったが、とにかく避難させなくてはならない。
「この山は危ないよ。今、クマがうろついて……」
「知ってるよ」
 笑みを崩さないまま、呆れたような口調で言われた。
「隣の山の間抜けグマだね。秋にぼんやりしてて食いっぱぐれて、この山までノコノコやってきた」
「見たのか?」
「見たよ」
 彼女は手に持ったズタ袋を掲げる。何か粒状のものが入っているのか、マラカスのような音がした。
「しょうがないから、秋に拾ったブナの実を持ってきてやったのさ」
「野生のクマに餌付けなんかするな。早く帰るんだ」
 たまにこういう、安直なことをする馬鹿がいる。野生動物に下手にエサをやってはいけない。人間に慣れて、人里へ現れるようになっては大変だ。
「名前は? 家はどこだ?」
「私はね……ウリだよ」
「うり?」
「そう。キュウリのウリ、ウリ坊のウリ」
 変わらず人を食ったような笑顔を浮かべ、少女は俺をじっと見つめる。
「あんたのことは知ってるよ。私、この山へ来る猟師はみんな知ってるから」
「それは結構なことで」

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