嫌な予感は当たった。桃太郎と一緒にいた猿顔の小男が再びやってきたのだ。自分の村に来て、美味しい団子の作り方を教えてほしいとのことだった。丁重に断ったが、猿顔は引かなかった。土下座をして何度も懇願してきた。何度も断ったが、猿顔は頭を上げなかった。見かねた母に、行ってあげなさいと説得された。何で頑なに拒否するのか尋ねられた。理由はあるが、言うわけにはいかなかった。父と母を心配させるわけにはいかない。仕方なく、猿顔に付いていくしかなかった。
猿顔は舟を漕ぎながら、一人で話して一人で笑っていた。何も知らないようだった。桃太郎に俺を連れてこいと命令されただけなのだろう。舟が本土に到着して、猿顔の後に付いて森の中に入っていくと、案の定、そこには桃太郎がいた。
桃太郎は鉢巻きの代わりに我々の帽子を被っていた。猿顔にご苦労と言い、桃太郎は嫌な笑みを浮かべた。上空にはカラスがカーカー飛び回っている。桃太郎が持つ紐の先には、可愛らしい子犬が繋がれていた。
「見た目とは、裏腹にこの犬は凶暴で、俺の命令で人の肉を食いちぎる」
鋭い牙があるようには見えなかったが黙って頷いた。
「兄弟よ。互いの服を交換しようではないか」
俺は黙って服をぬぎ、桃太郎の服を着た。
「どういうことか分かるな。お前はそのまま俺の村へ行き、俺の家で暮らすのだ。帽子は取るなよ。ばれるからな」
桃太郎はそのまま話し続けた。
「救われたのは俺なのに、何で死んだはずのお前の方が幸せそうなんだ。おかしいだろ?俺が幸せになるのが筋ってもんだ。だから、俺はお前と入れ替わる。何かの間違いで、お前がまた俺より良い生活をすることになったら、また入れ替わる。それで文句はないな」
ようするに良いとこ取りをしたいらしい。じいさんの家は貧乏だったらしく、貧乏な村の中で一番貧乏だったそうだ。団子など食べたことがなく、桃から生まれたということで苛められたりもした。猿顔は唯一の友達というか、桃太郎の後釜で、桃太郎と同じくらい貧乏で同じくらい苛められているらしい。そこにつけこみ、先輩面をしているといった感じだろう。
「では、うまくやれよ」