小説

『桃の片割れ』手前田二九男(『桃太郎』)

 どうせなら、二人とも助けてくれたらとも思うが、じいさんもばあさんも汚い格好をしていたので、経済的に一人が精一杯なのだろう。もしかしたら、一人だって厳しいのかもしれない。俺達を産んだ人達がそうだった。涙を流しながら、俺達を箱の中に入れていた。そして、川に流した。一人のつもりが、二人だったからなのか。どちらも選びようがなくて、二人とも捨てたのか。あるいは、女の子が欲しかったのか。そもそも、子供なんて欲しくなかったのか。色々考えられるが、全ては仕方がないことだ。
 だから、俺は誰も怨んじゃいない。あの人達のことも、じいさんもばあさんも憎んではいない。でも、あいつのことは許さないかもしれない。蓋が閉じる瞬間の、あの嫌な笑顔がこびりついて離れない。俺の頭を蹴っている時も、あいつはきっと笑っていたに違いない。でも、もう何も考えられない。たぶん、俺は今、眠いのだ。もの凄く眠い。俺は。あいつは。意識が。眠い。動けない。動かない。暗い。眠い。黒い。

 目を開けると、俺は誰かの乳を飲んでいた。体が温かい布で包まれ、誰かの腕の中にいる。乳の主が歓声をあげると、見守っていたらしいおじさんとおばさんが手を取りあって笑顔を見せる。その目には涙が浮かんでいる。どうやら、終わりなき旅が終わったらしい。俺は安心したのか、自然と泣き叫んでいた。
 俺はどこかの島に小さな流れ着き、親切なおじさんと親切なおばさんに育ててもらうことになった。島の人達は、みんな親切だった。
 二つの大きなこぶは、月日が経っても改善する気配を見せなかった。それどころか、こぶの部分だけ髪の毛が生えず、強調されて角が生えているように見えた。おじさんとおばさんは、こぶについて何も触れず、あくまで自然と俺に接してくれた。それは本当に自然だった。自分達の子供のように、俺に愛情を注いでくれた。装うところが何一つなかった。ちゃんと面倒をみて、時にはちゃんと叱ってくれた。大切にされている実感があった。
 俺は順調に育っていった。言葉を話し、動き回り、島の子供達と遊ぶようになった。仲が良くなると、頭のこぶをからかわれることがあった。子供同士の悪意のない悪口だが、気にはなった。家に鏡は無かった。元々あったが、俺のことを考えて捨てたのかもしれない。俺は自分の頭が見たかった。水辺に映る自分を見たことはあるが、顔の造形は何となく把握出来たものの、頭の輪郭はいまいち分からなかった。鏡が見たい、と俺は言った。すると、おじさんはすっと帽子を差し出した。二本の角が生えた帽子。それは俺の頭にぴたりと合った。おじさんとおばさんは、にこりと笑い、二人も角の生えた帽子を被った。

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