小説

『桃の片割れ』手前田二九男(『桃太郎』)

 数日後、取り巻きが二隻の舟でやってきて、一通の手紙と一隻の舟を置いて行った。役人からのお礼の手紙と、お礼の舟だった。
「鬼ヶ島の皆様、こんにちは。先日はお世話になりました。皆さんの殊勝な態度と、島を包む和やかな空気にとても癒され、感激いたしました。帽子は大切に今もかぶっております。お団子、とても美味しかったです。舟はそのお礼です。いらないと言っても、置いていくので使ってください。では、また、いつか、お邪魔させていただきます」
 どうやら、この島は鬼ヶ島と名付けられたようだ。帽子から思いついたのだろう。遊び心がある人だ。悪くない。鬼がいない島、鬼ヶ島。

 本土からやって来る人が日に日に増えていった。どうやら、役人が帽子を被り続けているらしく、それが本土で噂になっているらしい。人々は興味深く我々を見つめ、次第に島の雰囲気に打ち解け、帽子と団子と島への好感を持って帰っていった。人々の表情が緩やかにほぐれていくのを見られるのは誇らしかった。帽子と団子のお礼に、金銭を置いていこうとする者もいたが柔らかく断った。すると後日、島には無い食べ物や、畑仕事の道具や漁の道具が送られてきた。
 鬼ヶ島は、ちょっとした観光地になり、本土から鬼ヶ島を結ぶ専用の舟が配置された。島を訪れる人は気の利いたおみやげを持参して、代わりに帽子と団子を持って帰った。物が増え、便利になっても、我々は以前と同じ生活を続けた。甘えるつもりも、馴れあうつもりもなかった。宿泊用の家を作ることもなく、あくまで島の日常に少し触れてもらうという軸は崩さなかった。いや、崩れなかった。来たければ来ればいいし、来たくなければ来なくていい。歓迎もしないし、拒否もしない。そういう姿勢が、逆に好感を持たれたのかもしれない。
 そんな中、俺と同じ歳くらいの男が猿顔の小男と一緒に団子をもらいにやって来た。頭に巻かれた鉢巻きに桃の絵が描いてある。そいつが俺の片割れだということはすぐに分かった。向こうが何事もない様子なので、俺は何も言わなかった。俺が団子を手渡すと、桃太郎がにやりと笑ってこう言った。帽子、とても似合っているね。久しぶりに心が乱れた。忘れかけていた嫌な笑顔が、一気に蘇ってきた。桃太郎が島を出ていった後も、動揺が続いた。母に心配されたが、何でもないと布団に包まってやり過ごした。

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