小説

『桃の片割れ』手前田二九男(『桃太郎』)

 俺は、家事や仕事の合間に、秘かに団子を作る練習をした。試行錯誤を続けた結果、どうにか母のきび団子に近い味になってきたが、それでは物足りなかった。もっと、美味しい団子を作りたい。俺独自のきび団子で、島の人々を喜ばせたい。砂糖やきな粉の配分を変えて、気が済むまで改良を続けた。それでも納得いく物が出来ず、思い切ってきび粉の代わりに餅を使ってみた。美味しかった。食べやすいように、母の団子より一回り小さくして、甘みを少し加えた。作るのも簡単だった。作りやすく、食べやすい。上品で余韻の残る甘さ。ようやく、俺の団子が完成した。俺は緊張しながら、さりげなく母の前に団子を置いた。母は、俺の団子を黙って口の中に入れると、目を瞑り、静かに味わった。母は俺の頭を撫で、これからはお前が作りなさいと言って、にっこり笑った。
早速、団子をたくさん作って、島の人々全員に配った。みんな、とても喜び、とても美味しいと言ってくれた。俺は嬉しくて、とても嬉しくて、誰もいない所で少し泣いた。体の奥の方で、ずっと、つっかえていたものが取れたような気分だった。ようやく、自分は島の人間だと、堂々と名乗れるような気がした。

 本土から舟がやって来た。きちんとした身なりの大人が三人。父に聞くと、この地域担当の役人だという。人事異動があったらしい。友好的な笑みを絶えず浮かべている役人と、その脇を固め、必要以上の警戒をしている取り巻きが二人。新任の挨拶と、担当地域の案内といったところだろう。
 島の人々はいつも通り働き、役人が通りがかると軽く挨拶をした。取り巻きが何やら息巻いていた。我々の帽子が気に食わないらしい。そのふざけた帽子はなんだ。挨拶をする時は帽子を取れ。というような内容を、二人交互に捲し立てた。我々が警告を朗らかに無視して日常を続けていると、取り巻きの音量がどんどん大きくなった。役人は心の広い男のようで、取り巻きとは逆に帽子に好意的な興味を示した。帽子を借りて、自ら被った。島の人が、良かったら差し上げますと言うと、喜んで受け取った。当たり前のように帽子を被っている役人を前に、取り巻きは自然と大人しくなった。どこか、安堵している顔をしていた。無理して怒っていたのかもしれない。前任者が、よほど威圧感のある人間だったのだろう。
 役人はすぐに島に溶け込み、人々と談笑してまわった。俺も何かしたくなって、役人を家に招き、団子とお茶を出した。役人は俺の団子を絶賛して、あっという間にいくつもたいらげた。取り巻きにも勧めると、躊躇せず手を伸ばした。島に到着した時より、取り巻きの表情が柔らかく見えた。二人の頭にも、当たり前のように角の生えた帽子が乗っていた。

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