小説

『桃の片割れ』手前田二九男(『桃太郎』)

 俺はいつでも帽子をかぶって生活した。おじさんとおばさんも、ずっと帽子をかぶっていた。帽子をかぶっていることが日常となった。帽子を気に入ったのか、友達の一人が親におねだりして、俺と同じ帽子を作ってもらった。すると、一人が二人になり、子供達の間ですぐに広がっていった。悪口を言った奴も、いつの間にか帽子をかぶっていた。独自に工夫する人もいて、角が一本のものや、三本の帽子も見かけるようになった。気がつくと、子供から大人まで島の全員が角の生えた帽子をかぶっていた。俺は、いつの間にか、自分の頭にこぶがあることを意識することが無くなっていた。
 友達から噂話を聞いた。本土には、桃から生まれた、桃太郎という奴がいるらしいぞと。島の人々は、水の向こう側の大きな陸地のことを本土と呼んでいた。桃太郎というのは、きっと、あいつのことだ。川に流される子供なんて、俺とあいつぐらいしかいない。じいさんとばあさんが、木箱を桃に置き換えたのだ。木箱から一人の赤ん坊を拾って、もう一人を川に戻したなんて、堂々と言えるわけがない。俺の存在を無かったことにすれば問題はないと思うが、そう簡単な話でもないのだろう。桃から生まれたことにして、神秘的に誤魔化さないことには、どうにもやっていられなかったのだ。勝手な俺の推測だが、そんなには外れていないと思う。きっと、良い人達なのだ。
 俺は桃太郎の件について、何も知らないふりをした。言う必要もないし、言ったところで、島の人々は俺に対する態度を変えたりしないだろう。そういう島だ。俺は島の人々を信頼している。なにより、俺も島の一員なのだ。昔の悲劇は、包みこむような思いやりや、さりげない善意によって、俺の中からすっかり蒸発していた。桃太郎というのが、本当にあいつだとしたら、素直な気持ちで幸せを願おう。

 物心がついた頃には、俺は父や母の仕事の手伝いをするようになっていた。父上、母上といつから呼び始めたのかは覚えていない。自然とそうなった。。俺は掃除や洗濯を手伝い、畑仕事を手伝った。意識はしていないが、どこかで恩返しの気持ちもあったのだろう。とにかく、積極的に手伝った。
 島の仕事は、漁師と農家の大体二つに分かれていた。漁師は、近所の農家に魚を分け与え、農家は近所の漁師の家に野菜を持っていった。病気で働けない家があれば、皆が魚や野菜を持っていった。全ては当たり前のように、さりげなく行われた。島の人々は、よく働き、よく笑った。自分だけの欲を満たそうとする者は一人もいなかった。
 母はきび団子を作るのが上手かった。素朴で優しくて、本当に美味しい団子だった。俺は定期的に、島の人々に母のきび団子を配っていたが、その度にみんな目を輝かせて喜んでくれた。俺もみんなを喜ばせたいと思い、母に作り方を教わったが上手くいかなかった。味も形も悪く、母の団子とは別の物に見えた。同じ材料を使っているのにと、悔しくなった。

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