小説

『桃の片割れ』手前田二九男(『桃太郎』)

 最初に箱から出されたのは俺だった。運良く選ばれたことに、安堵と後ろめたさが入り交じった。しかし、腕の中に収まった俺の全体をじっと見つめるうちに、じいさんの笑顔は消えていった。ばあさんが微かに首を振り、箱の方に目を向けた。俺は静かに木箱の中に戻され、代わりにもう一人の方が軽やかに巣立っていった。
 あいつは赤ん坊らしく泣きわめき、小さな手で訴えるようにじいさんにしがみついた。じいさんに笑顔が戻り、ばあさんが頷いた。ばあさんは俺に向かって手を合わせてから、申し訳なさそうに蓋を閉めた。蓋が閉まる瞬間、あいつが俺を見て笑っているのが確かに見えた。
束の間の開放が終わり、元の薄暗闇に戻った。また、川にでも流されるのだろう。長くなるなと、赤ん坊ながらに思った。

 案の定、川に流されているらしい。外が見えなくても分かる。また、捨てられた。水の音。緩やかで不規則な振動。じいさんにしてみれば、どうすればいいか分からず、元に戻しただけなのもしれない。どちらにせよ、水の上を彷徨っていることに違いはない。まあ、いいか。今度は一人だ。奴の足が当たることもない。
 開き直って、ゆっくり眠ろうと思ったがそうはいかなかった。二人で上手いこと収まっていた空間が一人になったものだから、体が流されて背中が痛い。それよりなにより、頭が痛い。恐る恐る触ってみると、こぶのようなものが出来ている。しかも、大きいのが二つ。一つは確実にあいつのせいだ。
 旅の初めは二人並んで、きちんと箱に収まっていた。しかし、流されているうちに、少しずつ二人の体が移動して、というより、二人とも自分が苦しくない体勢を取ろうともがいているうちに、あいつの足の下に俺の頭がくる配置となったところで、ようやく落ち着いた。そこからはわざとだ。絶対にわざとだ。俺の柔らかい頭部に、あいつは踵を何度もぶつけた。何度も何度も。ギャーギャー泣いて抵抗してみたが、あいつは止めようとしなかった。どうにか避けようとして、頭を動かしたが、今度は木の壁に頭の別の箇所をぶつけた。何度も避けようとして、何度もぶつけた。
 じいさんの失われた笑顔を思い出す。俺が箱に戻されたのは、頭のせいなのだろう。同じ赤ん坊なら、いびつな頭より綺麗な頭を選ぶ。俺だってそうする。きっと、俺の頭は、想像以上にひどい有り様になっているのかもしれない。

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