言って、お婆さんが桃太郎の部屋の戸を開けようとすると、中から桃太郎が「ちょっと待って」と押し止めた。
「どうかしたかい」
「いや、なんというか、その」
「はっきりしなさい」少し強い口調でお婆さんは言った。戸の向こうでは一瞬躊躇う気配があった。
「戸を開けた時点で桃太郎という人物が確定しますね」
「まあ、そうだね」そんなことかとお婆さんは溜息を吐いた。
「こうやって話をするうちに、どんどん決まっていっている」
「そういうことになる。あんまり逃げ腰な発言ばかりしていると、そういう桃太郎になっちまうよ。寝てばかりで、私らも迷惑しておる。どうにか外に出て、穀潰し以外の何かになってくれればいいと願うばかり、みたいな輩さ」
戸の向こうで、桃太郎が息をのむのが分かる。しばらく間があり、中で桃太郎が体を捻ったり軽く跳ねたりしている気配と音があった。そして、桃太郎が口々に何やら言う声が聞こえ、しばらくするとやがて静かになった。
「さて」そうして聞こえてきた声は、気を取り直したのかはっきりとしている。まだ若々しいが、溌溂とした響きを持つ男の声である。
「乱暴はしません。優しく正義感にあふれる男です」
自分言うかい、とお婆さんは苦笑した。
「宣言すればいい、というものでもないんだがね」
襖を開け、はっきりとした凛々しい顔立ちの男が姿を現した。背丈は高く、引き締まった体つきをしている。桃太郎は今まさに起き出したようすで一度大きく伸びをし、肩を回した。
「そういえば、性格の話しかしていませんでした」
「どう転んでも、あんたはだいたい大柄だよ」
桃太郎を見上げるようにしてお婆さんは言った。
そして、まあよくも立派に育ってくれた、と思う。
「というか、こんなもの本人の気の持ちようだろう。大差はないのさ。いちいち時間を取らせるんじゃないよ」
「そうですね。女になれたわけじゃないし。桃太郎なんて名前の時点で」
「いや、そういうのも無しではないけどね。女の子が流れてきたか、桃から女の子が生まれたかはどっちでもいいとして。女だと鬼に狙われるから、男っぽい名前を付けるのさ」