小説

『桃太郎異本集成』森本航(『桃太郎』)

「そうだったかなぁ」桃太郎は腕を組んで唸った。そんな気もするが、そうでない気もした。臼や桶、針や卵を見て、これは違うのでは、と腰の黍団子を見つつ思う。何か根本的な疑問に至りそうになり、一端思考を止める。
「ではこうしましょう」と声を上げたのは犬である。一番始めに仲間になったのが彼であった。
「仲間は犬と、猿と、雉。この三匹にする、というのはいかがでしょう」
 仲間たちから上がったどよめきを「まあまあ」と宥め、根拠を示しましょう、と犬は続けた。一度咳払いをして、大きく息を吸う。
「いいですか、陰陽五行説によれば、鬼門、つまり鬼は北東の方角に位置します。その対極、南西の裏鬼門に位置するのが未申。五行は円形に並び、時間は時計回りに進みますから、鬼を封じる役割は裏鬼門から時計回りに申、酉、戌となります。さらにこの三匹は西の方角に位置し、五行説では西の方角は桃の果実が当てられていて、桃太郎さん、貴方に対応しているのです」犬は地面に円形の図を書きながらそこまでまくし立て、一度息をついて、さらに続ける。
「里で犬、野で雉、山で猿、という場所の特徴もあるでしょう。また、飼い主への恩を忘れない忠誠心のある犬は仁、猿知恵と言いますがつまり知恵のある猿は智、蛇に対して落ち着いた対処をするという雉は勇、という具合に、儒学的な三つの徳と言われるものにも対応した、これは役割なのです」
 途中から話半分で聞いていた桃太郎は、とりあえず「ふうむ」と頷き、
「それにしても、智が猿だというのなら、そういう話は猿に任せるべきではなかったか」
「そのとおり、ほとんど猿の受け売りです」言って、犬は猿の方に顔を向けた。桃太郎も釣られてそちらを見る。猿が桃太郎の方を向いていて、少しドキリとする。猿はゆっくりと口を開け、
「吉備津神社縁起物語」
 とだけ言うと、首をひねり、また遠くを眺め始めた。
 そうして桃太郎は三匹の仲間と鬼が島を目指した。桃太郎が歩き始め、犬と、雉がそれを追う。「彼らの中のいくらかとは、別のところで会えるか」と猿は呟き、一行に続いた。

鬼が島、というからには、鬼が島は島である。船を手に入れた一行は、波に揺られていた。
「鬼が島とは、果たしてどのような場所なのだろう」桃太郎が言うと、船の舳先に止まっていた雉が振り返る。
「それは確かに、議論する必要が」
「議論、と言ったか。それを話すことで、何か変わるのか? 鬼が島が、話した通りの姿になる、とか」

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