小説

『桃太郎異本集成』森本航(『桃太郎』)

「桃太郎です」
「は?」またおかしなことになったと、お爺さんは頭を掻いた。
「子供が生まれてくるのでは」
「それも、桃太郎です」桃太郎が答える。
「タイム・スリップ的なものか?」
「そう捉えていただいても、かまいません」
「『存在の環』だ」
「P・スカイラー・ミラー」
「なぜ、そんな面倒な話にする必要がある」
 言って、お爺さんはお婆さんの方に向き直った。机の上には大きな桃があり、居間にいるのは、お爺さんとお婆さんの二人だけである。お婆さんは手持無沙汰なのか、研ぎ終わったはずの包丁を、さらに研いでみたりしている。
「夫との子、と言う事にしてしまったら、それは普通の子供なのでは、と思い至ったのです。それに、近頃はある程度ややこしくこじれた方が好まれます」
「それにしても、やりすぎじゃないかね」
「そうですね」
「近頃、とか言う立場でもなかろう。むしろ単純さをこそ重んじるべきではなかろうか」
「ええ。そのようです」
 そうして二人が大きな桃を眺めていると、だしぬけに桃が綺麗に二つに割れて、中から赤ん坊が大きな泣き声をあげて飛び出してきた。お爺さんが慌てて産湯を用意し、お婆さんが赤ん坊を取り上げる。子宝に恵まれていなかった二人は、これぞ神のお恵みと喜び合った。そして、桃から生まれたことから、その子供を桃太郎と名付けたのであった。

 お爺さんとお婆さんのもとで、桃太郎はすくすくと育った。普通の子供よりも成長が多少早いような気がしたが、子育てをしたことがなく、自分たちが子供だった頃のことなどとっくに忘れた二人である。特に思うところはない。
「桃太郎や、ちょっと話が」

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