小説

『桃太郎異本集成』森本航(『桃太郎』)

 そこで船が一度、大きく揺れた。バランスを崩した女の体を、桃太郎が引き寄せて支える。二人の顔は近くにあった。数秒、間があって、どちらからともなく顔をそらした。どちらの頬も、わずかに朱がさしている。
「やれやれ」と、雉が鳴いた。
 桃太郎は女に座っているように言い、自分は立ったまま、遠くに視線を移した。
 我々は、何かある一つを、あるいはいくつかを元にして、別の何かを作り出すのが目的ではなかったか、とぼんやり考える。これでは、元々のあるものを、煩雑になぞっているだけではないか、と思う。
思って、海を眺める。あるいはそれは「海」というただの一文字なのかも知れず、辺りはただ白い広がりで、そこに様々な形の黒い波が、列を成すように規則的に、不規則に並んでいるのかも分からない。
 これは一体、誰の思考だろうか。

船を荷車に換え、ようやく家にたどり着くと、お爺さんとお婆さんが出迎えてくれた。三人の仲間に慇懃に礼を述べ、とりあえず家に上がるように言う。財宝も、一端うちの中に運び入れることにする。
居間の中央に宝を積み、それを囲むようにお爺さんとお婆さん、犬、猿、雉、そして桃太郎と女が座った。
「これは、村の人のものなのか」宝を手に取りながら、お爺さんが呟いた。
「だと思います」と桃太郎が答える。
「そのほうが収まりがいいのです。誰のものでもなかったら、鬼からただ強奪してきたことになります」
「ふうむ」名残惜しげに、お爺さんは財宝の山を見る。お婆さんは笑って、
「まあ、多少の分け前はあるでしょうよ。それで私たちもいくらか裕福になれば、それでいいじゃないですか」
 それもそうだとお爺さんは言い、皆で笑った。と、お爺さんが笑うのをやめ、「ところで」と言った。まだ何か話があるのか、と少し焦る。
「お前は誰なんじゃ」と私に言う。
 あ、と言いかけて、口を覆う。それから、しまったと思う。そうしてしまったからには口と手があるのであり、それだけ宙に浮いているのでは格好がつかない。おずおずと私は姿を現すが、姿は屹度、必要がない。
「どうも」と正座をした私は言い、両手を畳に据える。私の背後から、あるいは正面から、もしかして全方向から迫る世界の端を私は感じ、幾分焦りながら、これだけは言わせてくださいと前置きをしておいて、ギリギリのところで幕を引くことにする。
「めでたしめでたし」

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