小説

『レーヴレアリテ』柿沼雅美(太宰治『フォスフォレッスセンス』)

 階段を降りると、父親はすでに外出していて、母親は洗濯物を干していた。おはよう、と声をかけると、おはよう、といつも通りに返事が返ってきた。
 冷蔵庫を開けて昨日の晩ごはんで残っていたビーフシチューをレンジにかけた。ブインブインという音が鳴っている間に、コンロの横に置いてあったバナナを一本食べた。
 母親がつけっぱなしたテレビからは、老人がわけのわからないことを言いながらインターホンを何度も押してきて困る、という視聴者からの相談に、コメンテーターが真面目な顔で解決策の返事をしながら高齢化社会問題を論じている。
僕は学校に行かなかった。就職もしなかった。バイトもしていないし、誰かと遊びにいくこともない。でも見た目は街を歩いても浮かない程度に普通だし、家にずっといても僕は普通だ。
 温まったシチューを持って部屋に戻り、動画サイトを立ち上げた。ディスプレイの明かりなんて無いかのように、窓から朝陽が差し込んできて、冬なのに部屋の中は春先と同じくらい気持ちがいい。
 動画でアニメを見ながら、SNSに昨日食べた新商品のことを書いた。すると見知らぬ大学生から、あれチェダーチーズだからうまいんすよね、とコメントがあった。それな! と僕はコメントを返した。するとOLさんからは、シェイクにティラミス味が出たんですよね、とコメントがあり、知らないけど女の人は好きそうだね、と返した。
 アニメの動画の下には、見た人たちからの書き込みが更新されている。なにこれ主要人物以外全員ゾンビになっちゃったの? 学校が要塞みたいなもん? っつーか、この1話の普通の学校生活って主人公の思い出が妄想じゃないの? クライスメイトと主要人物の制服の色反転してみた まじかこれ色違う あの女の子実はもう死んでるんじゃないのか… わー怖すぎるこれ ほんとだあの子いなくても会話が成立するようになってる エンディングの映像何人かいない… ひとつひとつ読みながら僕も、映りこんでる英語の教科書の会話文訳してみると、楽しい学校生活ですか、いいえすべては夢の中、って書かれてる、と書き込んだ。すると、うわーーーー、とコメントが続いて、みんなでアニメの謎を解いていくみたいで面白くてしかたなくなる。
 シチューの表面が冷めて膜みたいになったところを、スプーンで思いっきりかき混ぜた。じゃがいもに味が染みていて、昨日より今日のこれのほうが美味しいんだろうな、と思って嬉しくなった。
 僕はこうやって一日を過ごしていく。キャッチコピー風に言うならば、「今までも、そしてこれからも」と言った感じだ。僕は僕を生きている。夢の世界と現実の世界。でもそれはほんとに夢と現実なんだろうか。僕みたいな人間を夢想家と言うらしい。

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